常呂町本通りの記念碑・木柱

2012年7月7日

   

                                           常呂町本通りの記念碑・木柱

 

           常呂教育所跡                                                

              常呂駅逓跡                  

常呂教育所跡.jpg

 常呂駅逓跡.jpg

 「ところ文庫10 常呂町歴史散歩」から抜粋

 平成6(1994)年2月(常呂町郷土研究同好会)

 

■常呂教育所跡

  常呂町開基100年の昭和58年に、元の常呂漁協

 信用部(注:現在の本通り会館)の東側に建立。

  常呂町の最初の教育施設は、明治28(1895)年

 5月に常呂市街弛(本通り)の柴田直次郎氏の家屋を

 仮校舎として寺元大道氏が教鞭を執った常呂教育所で

 これが常呂小学校の前身となりました。

 

※関連する所蔵資料

 「常呂小学校百周年記念誌 オホーツクの地に百年 

 二十一世紀のとびらを開け ところっこ」

      平成7(1995)年

 「常呂小学校七十年のあゆみ」昭和39(1964)年

 「常呂小学校八十周年のあゆみ」昭和50(1975)年

 「常呂小学校九十周年のあゆみ」昭和60(1985)年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■常呂駅逓跡

 「郷土ところ」No56(1988.5)から

 「常呂の駅逓」佐々木覚

   常呂町内には明治中頃から昭和初期にかけて5か所に

  駅逓がありました。鐺沸・常呂・ワッカ・太茶苗・手師學

  駅逓がそれです。これらの駅逓は常呂の開拓期における

  交通・運輸の中継地として、それぞれ重要な役割を果た

  していました。

   駅逓の業務は通行人の休息・宿泊が主なものですが、

  人や物を馬で送ったり、時には郵便物の逓送なども

  おこなっていました。

 

「郷土ところ」No57(1988.5)から

 「常呂の駅逓(2)」佐々木覚

  常呂駅逓は、明治25(1892)年3月31日の北海道庁

 告示第22号「常呂郡鐺沸駅ヲ廃シ更ニ常呂郡常呂駅ヲ

 置ク」により設置され、昭和5(1930)年6月7日告示に

 より、6月10日に廃止されています。

 

  常呂駅逓の設置された場所についてははっきりせず、

 ただ廃止された時は、現在の常呂漁協信用部の北側に

 あったようで、常呂駅逓跡の木柱が建てられています。

  (昭和58年に設置) 

 

※「郷土ところ」のNo56-58をPDFファイルで

 ご覧いただけます。

  佐々木覚「常呂の駅逓1-3」

       常呂の駅逓1.pdf(766KBytes)

          常呂の駅逓2.pdf(727KBytes)

          常呂の駅逓3.pdf(630KBytes)

        

 

                    グーグルの地図で2つの記念碑・石碑の場所がわかります

 

関連ワード

お問い合わせ

常呂図書館
電話:0152-54-1215
ファクシミリ:0152-54-1216