常呂町弁天の記念碑・石碑

2012年7月7日

   

                                                   常呂町弁天地区の記念碑・石碑

 

                              海難者慰霊碑                                                

 海難者慰霊碑1.jpg

 海難者慰霊碑2.jpg

 

「ところ文庫10 常呂町歴史散歩」から抜粋

(常呂町郷土研究同好会/刊 1994/2/25)

 

■海難者慰霊碑

   弁天の高台の眺望のよいところに建てられている石碑です。昭和29(1954)年のオホーツク災害による

  被災者の霊を慰めるために、38年11月に、常呂漁業協同組合が建立したものです。このオホーツク災害とは

  29年5月9日に暴風を伴った低気圧が北海道西部より網走北部を通過し、オホーツク海に抜けたため、翌10日

  未明から急激に西の風が強まり、瞬間風速31.7mを記録した暴風雨がオホーツク沿岸を襲ったものです。

   このため、知床半島沖に出漁していた常呂漁業協同組合所属の小型漁船は、避難する間もなく、多数沈没し、

  死者、行方不明21名という大災害になったのです。

 

※関連する所蔵資料

  「常呂漁業共同組合40年誌」 平成元(1989)年10月

 

              旧網走坂碑                    

            渡船場跡                  

旧網走坂.jpg

 

 

 

 

渡船場跡.jpg

「ところ文庫10 常呂町歴史散歩」から抜粋

(常呂町郷土研究同好会/刊 1994/2/25)

 

■旧網走坂碑

   常呂町開基100年の昭和58(1983)年10月に、常呂神社

  鳥居より少し河口側に建てられた石碑です。旧常呂橋が架かっ

  ていた時、この坂を通って網走方面へ向かっていましたが、

  国道の一部変更により、常呂橋が架け替えられ、40年3月に

  旧常呂橋が撤去されました。このことにより、この坂もほとんど

  通ることはなくなり、現在では草に埋もれた細い道が残されて

  いるのみという状況ですが、忘れたくない道といえます。

 

 

 

 

*旧網走坂碑と同時に建てられた石碑です。

 

「ところ文庫10 常呂町歴史散歩」から抜粋

(常呂町郷土研究同好会/刊 1994/2/25)

 

■渡船場跡

   常呂川に橋が架けられたのは明治23(1890)年のことで

  あり、それ以前は舟で渡していました。古くは寛政9(1797)

  年に書かれた高橋壮四郎の「蝦夷巡覧筆記」や寛政10年の

  谷口青山の「沿岸図」に、すでに常呂川に渡し船があったこと

  が記されています。「開拓使事業報告」によると、明治15年

  (1882)1月における常呂村内の渡船場は常呂と鐺沸の

  2ヶ所だけであり、常呂川の渡船料金は人が7厘、馬が1銭

  でした。橋が架けられる直前の23年に佐藤喜代吉が残した

  「北海道旅行記」では、人が3銭でした。 

                          

 

                         グーグルの地図で3つの記念碑・石碑の場所がわかります

 

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