常呂町栄浦(ワッカ)地区の記念碑・石碑

2012年7月9日

   

                                               常呂町栄浦(ワッカ)地区の記念碑・石碑

 

                              旧サロマ湖口                                                

 サロマ湖口.jpg

サロマ湖口2.jpg

「 ところ文庫10 常呂町歴史散歩」から抜粋

(常呂町郷土研究同好会/刊 1994/2/25)

 

■旧サロマ湖口碑

   ポント付近に建てられた石碑です。昭和58(1983)年の10月に開基100年を記念して建立されました。

   昭和4年に湧別町三里番屋側の現在の湖口が掘削されるまでは、毎春、人工的に掘削開通させていたのです。

   春の雪解け水の増水で、周辺の畑作業が遅れることと、木材の沖合の大型船への積み出しに支障があった

  のです。秋になると海流の関係で、自然に閉鎖されてしまいましたので、この作業は毎年行われたのです。

   幕末の記録にもそのことは書かれています。「潮切り」と称していたようですが、高さ2mくらいの砂丘を、

  幅100mくらいで段掘にしていくと、湖水は一気に海に流れ出し、たちまち大きな水路ができたといわれます。

   しかし、昭和4年の現在の湖口の掘削部が永久水路となったために、常呂側ではこの作業がなくなりました。

 

 *この場所は、鐺沸の沼地状になっている対岸にあり、サロマ湖100キロウルトラマラソン大会の

  コースにもなっている龍宮街道にあります。車両は通行禁止になっているので、鐺沸から間近に

  ありながら実質遠いところとなっています。

  

                 ほたて養殖発祥之地                             

      全国豊かな海づくり大会記念碑             

ほたて養殖発症の碑.jpg

 

 

豊かな海づくり大会記念碑.jpg

 「ところ文庫10 常呂町歴史散歩」から抜粋

(常呂町郷土研究同好会/刊 1994/2/25)

 

■ ほたて養殖発祥の地碑

   昭和58(1983)年11月に栄浦のサロマ湖畔に建立

  されたホタテ貝をかたどった石碑です。これは常呂町開基

  100年を記念し、常呂漁業協同組合が組合員一同の

  総意に基づき、現在のホタテ貝養殖漁業の礎として、

  さまざまな困難に直面しながらも増養殖事業に取り組んだ

  先人の偉大な先見の明を讃えて建立したものです。

 

※ホタテの養殖、ホタテ漁業に関する所蔵資料(一部)

 「サロマ湖のホタテ漁業に夢をかけた人たち」安達整

  (北国に光りを捧げた人々11)平成5(1993)年2月

 「オホーツクのホタテ漁業」西浜雄二 平成6(1994)年9月

 「サロマ湖」サロマ湖開発期成会 昭和40(1965)年12月

 「ところ通信合冊 1989-1999」 平成11(1999)年3月

 

 「ところ文庫10 常呂町歴史散歩」から抜粋

(常呂町郷土研究同好会/刊 1994/2/25)

 

■全国豊かな海づくり大会記念碑

   この碑は、サロマ湖を舞台にして昭和60年9月8~9日に

  行われた第5回全国豊かな海づくり大会を記念して建立

  された石碑です。東急リゾート(注:現「鶴雅リゾート」)の

  南側の栄浦浜に立っています。

   この大会は、当時の皇太子と同妃殿下をお迎えして、

  サロマ湖3町で行われましたが、式典会場は湧別町

  登栄床漁港でした。両殿下は、新築なったばかりの

  サロマ湖東急リゾートに2泊されましたが、多目的研修

  センターや手工芸の館にも立ち寄られました。

   石碑は大会記念碑であると同時に、両殿下の行啓記念碑

  でもありますが、昭和60年9月に建立されています。

 

※関連する所蔵資料

 「第5回全国豊かな海づくり大会記念誌」 昭和60()1985年10月

 

                   原孤葉句碑                   

                常呂漁業協同組合発祥の地                

 原狐葉碑.jpg

 漁協発祥の地.jpg

 「ところ文庫10 常呂町歴史散歩」から抜粋

(常呂町郷土研究同好会/刊 1994/2/25)

 

■原孤葉句碑

   栄浦第1キャンプ場内(注:現在は廃止)に昭和39年11月に

  常呂町文化連盟、蛙声(あせい)会、網走十七美会が建立した

  石碑です。原孤葉の句「鮭曳の唄よ日が落つ風の中」を刻んで

  います。原孤葉氏は本名を紋蔵といい、明治29(1896)年に

  滋賀県浅井郡に生まれ、網走町収入役、常呂村長、常呂町

  教育長を歴任した人です。そして、一方では俳句の蛙声会

  (大正9年設立)のよき指導者であり、その顕彰の意を込めて

  この碑が建立されましたが、昭和46年に逝去されました。

 

※原孤葉氏関連の所蔵資料

 「常呂町史」 昭和44(1969)年3月

 「常呂町百年史」 平成元(1989)年3月

 「常呂町文化連盟機関紙 新墾(にいばり)」

   第4号 昭和39(1964)年7月

   第5号 昭和40(1965)年3月

 「ところ文庫10 常呂町歴史散歩」から抜粋

(常呂町郷土研究同好会/刊 1994/2/25)

 

■常呂漁業協同組合発祥の地の碑

   昭和58(1983)年12月に、阿部義孝氏と藤村礼四郎氏が、

  常呂町内で最初に漁業協同組合が設置された鐺沸に建立

  した石碑です。常呂漁業協同組合は明治45(1912)年7月、

  加藤留五郎氏を組合長とする鐺沸漁業組合が設立したことに

  始まります。その後、昭和10年3月に常呂村全域の漁民を

  対象とする無限責任常呂漁業共同組合を設立して、鐺沸より

  便利な常呂市街弛に仮事務所を移して設置しました。

  翌11年7月には本事務所を建築しています。

 

 *注:現在の碑は、平成11年11月に松金勲氏により

   台座などを一部改修したものです。

 

※常呂漁協に関する所蔵資料(一部)

 「常呂漁業協同組合40年誌」 平成元(1989)年10月

 「組合のあゆみ 組合創立25周年記念」 昭和48(1973)年11月

 「サロマ湖の風」(サロマ湖養殖漁業協同組合)

                    平成11(1999)年1月

 「よみがえる地財産業」太田正曹 平成17(2005)年11月

 

                                                      ワッカ駅逓所跡木柱
ワッカ駅逓所跡木柱1 ワッカ駅逓所跡木柱2
明治39年ワッカ駅逓(百年史)

■ワッカ駅逓所跡木柱

 昭和58年10月に、常呂町開基百年を記念して設置した木柱の一つです。設置した場所は、

第2湖口から第1湖口の方に約8.5km行った砂州にあります。(現存は確認できません)

 「常呂町百年史」(410-411p)には、「ワッカには、上原熊次郎の『蝦夷地考并里程記』に

休所とみえるように、昔から休息所があった。その後の松浦武四郎の日誌類にも小休所とか

昼休所と記録されている。…ワッカ駅の設置は、明治25年5月14日の告示第34号に

〈明治21年4月北海道庁告示第33号人馬継立所設置箇所へ常呂郡鐺沸村字ワッカ駅を

追加」とあります。また、ワッカ駅逓の廃止は、大正9年12月31日らしいとあります。

 *上の2枚は、設置した当時の木柱と周囲の風景。左は明治39年頃のワッカ駅逓。

       参考資料「郷土ところ」57号「郷土ところ」第57号(4.09MBytes)

                                                    栄浦地区馬頭観世音
栄浦馬頭観世音1 栄浦馬頭観世音2

■栄浦地区多目的研修センターの右横の道を北側へ200mほど行った原っぱにあります。

 2mあまりの高さでコンクリート製。裏側に、昭和33年10月「栄浦部落一同建立」の文字があります。

 残念ながら、この馬頭観世音に関する資料はありません。

 

                       グーグルの地図で5つの記念碑・石碑の場所がわかります

 

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