ところの歴史

2011年2月10日

常呂地域の歴史と風土

常呂町全景

【歴史】
常呂地域では、旧石器時代から現在まで絶えることなく人の活動の痕跡が残っています。

明治維新後、開拓使は蝦夷地を北海道と改めて11国86郡に編成し、常呂は常呂郡として北見国に編入されました。

1883年に常呂郡を管轄する戸長役場がもっとも拓かれていた現在の常呂自治区に置かれ、1915年常呂、手師学(てしまない)、太茶苗(ふとちゃない)、少牛(ちいうし)の4村が合併し、常呂村となりました。

その後、常呂川流域の開拓の伸長とともに、常呂郡は常呂町、北見市、端野町、留辺蘂町、訓子府町、置戸町の各自治体に分かれていきました。

そして、2006年3月5日…北見市、端野町、留辺蘂町と合併をし、新「北見市」の一員として新たなるスタートを切りました。

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旧町章
【旧町章】
外側は常呂の「呂」を、内側は常呂の「常」を図案化したものです。
旧町花 クレマチス
【旧町花】 クレマチス
旧町木 ナナカマド
【旧町木】 ナナカマド

 

常呂の自然

【風土】
常呂は、網走支庁管内のやや東部、常呂郡の北部に位置し、、北緯44度7分、東経144度4分にあります。
地勢は南東に丘陵性の山岳が多く、肥沃な農耕地として利用されています。また、全国にその名も高いサロマ湖の大半も、常呂に位置しています。
夏は涼しく、冬は北海道内でも比較的暖かいのが特徴です(真夏の最高気温は22℃、真冬は-10℃内外)。降水量も少なめで、札幌地方の約半分(積雪期間は117日程度)。
オホーツク海の流氷は、例年1月中旬に接岸し、3月末頃まで海を閉ざします
<常呂>は、アイヌ語の「トー・コロ」から転じたもので、湖水のある所の意味であると一般的に言われており、明治24年、永田方正の「北海道蝦夷語地名解」の新説です。
それ以前の元禄13年(1700年)の「元禄郷帳」をはじめ、幕末の松浦武四郎などは皆「ツウコロ」としています。
これは、「トゥ・コロ」で山の走り根(山崎)をもつという意味で、今の森林公園のある山根をさしていたものかもしれません。。

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