「ところ遺跡の森」便り【2016年10月号~2017年3月号】

2017年5月17日

 「ところ遺跡の森」便りは北見市常呂自治区内で市報に折込で配布されている社会教育情報内に毎号掲載しているものです。
 イベント案内をはじめ、考古・自然など「ところ遺跡の森」に関連する情報を毎月お届けしています。
 (毎月初め更新予定。ここに掲載したものは、写真・文章は当初掲載時のものから一部変更している場合があります。)

他のバックナンバーはこちら

2016年10月号

~大島2遺跡の調査・竪穴住居跡の発掘~

 今年も8月下旬から9月上旬にかけて、大島2遺跡(森林公園の近く)で発掘調査が行われました。

 約900年前の擦文(さつもん)時代の竪穴住居(たてあなじゅうきょ)の跡が継続的に発掘されています。3つの住居跡を並行して調査中でしたが、このうち昨年から継続して発掘されていた1つが床面まで調査が完了しました。屋根を支えるための柱穴が床面の四隅で見つかったほか、杭を立てた小さな穴(壁際に作り付けのベッドなどを設置したと推定される)が並んでいるのも見つかりました。

  こうした竪穴住居の床や柱・杭の穴は土に掘り込まれており、遺跡ではそれが上からの土で埋もれた状態で見つかります。土と土なので区別が難しそうですが、床や柱は地下の固い赤土を掘り込んでおり、それが黒っぽい土で埋まっているため、土の色や質の違いを探って見つけているわけです。発掘調査はこうした細かい作業を繰り返して行われています。

大島2遺跡の竪穴住居跡住居跡内のかまど跡
赤土を掘り込んで作られた住居跡(左)・住居内につくられたカマドの跡(右)、カマドは作り替えが行われており、跡が2つ見つかった。

2016年11月号

~東京大学常呂資料陳列館企画展のお知らせ~

 東京大学常呂資料陳列館で第6回企画展「旧石器(きゅうせっき)時代の狩猟採集民(しゅりょうさいしゅうみん)と細石刃(さいせきじん)技術」が開催されます。

 旧石器時代の北海道では、かみそりの刃のように薄く細長い形をした、「細石刃」という石器が多く使われました。幅1cm前後の小さな石器で、骨や角製の軸に並べてはめ込んで使ったものと考えられています。細石刃は特徴的な形の石割りによって作られており、様々な作り方が工夫されていました。こうした石器作りの技術は北海道の旧石器時代を特徴付けるものとなっています。

 企画展では北見市西相内にある吉井沢遺跡の石器ほか、市内各地の遺跡発見の石器を集めて展示しており、こうした旧石器時代の石器について、やや専門的な内容ながら詳しくご紹介しています。

○開催期間:平成28年11月7日(月)~12月25日(日) 火曜日休館

○会場:東京大学常呂実習施設附属常呂資料陳列館・3階展示室

○開館時間:9:00~17:00

○入館料:無料

○お問い合わせ:東京大学常呂実習施設 電話 0152-54-2387

※館での開催に先立ち、常呂町文化祭(11月1~3日、常呂町多目的研修センター)にも出展されます。

《主な展示品》
北見市・吉井沢遺跡出土石器、北見市・広郷地区出土石器、富良野市・東麓郷1遺跡出土石器ほか

東大企画展ポスター

2016年12月号

~刀の鍔と模造品(アイヌ文化)《「遺跡の館」展示品から》~

 遺跡からは用途がよく分からないものが見つかることがあります。今回は遺跡の館の展示品の中から、そうした少し不思議なものをご紹介します。

 写真右は刀の鍔(つば)の模造品です。割れて半分くらいが残っています。北見市常呂町栄浦地区のライトコロ川口遺跡で見つかったもので、14~15世紀頃、アイヌ文化のものと考えられています。素材は石で、本物の鍔と比べるとサイズが小さく、実際に刀に装着するものではなさそうです。常呂町岐阜地区のST-04遺跡では本物の刀の鍔が見つかっていますが(写真左)、模造品も元はこれに似た形だったと推定されます。

 なぜこのようなものが作られたのか、はっきりとは分かりませんが、次のようなことが想像できます。アイヌの人々にとって、刀は単なる武器ではなく、霊力のある宝器でもありました。刀の鍔だけでも災いを退ける力があると信じられており、護身用として首飾りに使うこともあったようです。ただ、本物の鍔は高価な貴重品でした。このため、本物に代わって霊力を発揮することを期待して作られたのが石製の模造品だったのではないかと考えられます。小さくあまり目立たない展示品ですが、色々な願いを負って作られたものだったのかもしれません。

刀の鍔鍔の模造品
刀の鍔(左:ST-04遺跡出土)・鍔の模造品(右:ライトコロ川口遺跡)

2017年1月号

~常呂で発見された昔のお金~

 先日、斜里町の遺跡で8世紀の日本で発行されたお金「神功開宝(じんぐうかいほう)」が出土したことが報じられました。日本の古代のお金が発見されたのは、オホーツク地域では初めてのことです。ただし、開拓以前の北海道では基本的にお金を使う文化がなく、物々交換が行われていました。この神功開宝を手にした人も、その価値は分からなかったのではないかと言われています。

 そうした状況でも、特に14世紀以降のアイヌ文化の遺跡では、お金がしばしば発見されています。常呂の遺跡でも「永楽通宝(えいらくつうほう)」や「元豊通宝(げんぽうつうほう)」(写真)など、中国で造られたお金が見つかっています。アイヌの人々はこうしたお金を装身具の一部などとして使っていました。

 このうち元豊通宝は11世紀後半に造られたものです。中国では輸出用に古い時代のお金が多く使われたため、発行から年数の経ったお金も大量に日本に入ってきていたようです。この元豊通宝も発行から数百年後に常呂へ持ち込まれた可能性が高いと思われます。常呂が東アジアをめぐる交易網の一端にあったことを物語る貴重な資料と言えるものです。

元豊通宝
常呂町岐阜地区発見の「元豊通宝」。文字は篆書(てんしょ)という特殊な書体が使われたもので、上・右・下・左の順に読む。

2017年2月号

~雪上の足跡~

 今冬は雪が早く積もり始めました。遺跡の森も昨年末からすっかり雪に覆われています。この季節には冬眠に入る動物も多いですが、雪の上で元気に活動する動物もいて、たくさんの足跡が残されるようになります。

 もっともよく見かけられるのはエゾシカとキタキツネの足跡です。

 エゾシカは体が大きく重いため、2つに分かれた蹄(ひづめ)の跡が深く、くっきり残ります。春になると群れをつくりますが、この季節は群れずに行動しているようです。

 キタキツネの足跡は4本の指の跡と足底が梅の花形に並んだ形です。同じイヌ科のエゾタヌキも似た形、大きさの足跡ですが冬にはあまり歩き回らないので、多くの場合はキタキツネの足跡と見てよいようです。雪の上で餌を探すためか、縦横に動き回った活発な足跡を見ることができます。

 この他、ネズミの足跡が見られることもあります。目立たないせいか目につくことは少ないですが、小さな足跡と一緒に細長い尻尾を引きずった跡があるのが特徴です。

 冬の森では鳥以外の動物を目にすることが少なく、一見さびしく見えますが、雪の上に注目すると少し違った趣を感じることができます。

足跡並んだ足跡
キタキツネの足跡(左)・雪の上を縦横に走る足跡(右)

2017年3月号

~遺跡の森講演会のお知らせ~

 遺跡の森では現在、復元竪穴住居の再整備事業を進めています。これに合わせて昨年に引き続き、竪穴住居と遺跡の復元をテーマにした講演会を実施します。

○タイトル:「常呂遺跡と竪穴住居―東北地方の遺跡からみた北の古代文化」

○日時:平成29年3月18日(土) 15:00~16:30(開場14:30)

○場 所:北網圏北見文化センター2階・講座室

○講 師:根岸洋氏(国際教養大学助教)

○入場無料、申込み不要です。

○お問い合わせ:ところ埋蔵文化財センター 電話0152-54-3167

 講師の根岸先生は現在、秋田県に所在する国際教養大学にて考古学と遺産観光論をご専門に研究・教育に当たられています。また、青森県の三内丸山遺跡をはじめとする「北海道・北東北の縄文遺跡群」の保存と活用に関わる活動にも取り組まれてきました。

 根岸先生が研究対象とされている東北地方の遺跡を主に紹介しながら、北の地域の竪穴住居や古代文化についてお話しいただく予定です。皆様のご参加をお待ちしております。

 ※今回は北網圏北見文化センターでの開催となりますのでご注意ください。

 

お問い合わせ

北見市教育委員会常呂教育事務所
ところ遺跡の森

〒093-0216
北海道北見市常呂町字栄浦371番地
電話:0152-54-3393
FAX:0152-54-3538