続縄文時代前半の土器

2020年5月28日

 約1000年間にわたって続いた続縄文時代は、土器の型式の変化に基づいて、大きくは前半(紀元前4世紀~紀元1世紀ころ)と後半(紀元2~6世紀ころ)の2つに分けられています。

 さらに細かい時期区分については様々な考え方がありますが、ここでは前半を早期・前期・中期、後半を後期・晩期に分割する説に従ってご紹介します。

 続縄文時代前半は、北海道各地で地域色のある型式の土器が作られた時代です。オホーツク海沿岸地域では続縄文時代前期から中期にかけて、宇津内(うつない)IIa式・宇津内IIb式と呼ばれる土器が作られていました。これに混じって、隣接する地域の型式の土器も見つかっています。

 

続縄文時代早期の土器

 紀元前4~3世紀ころに相当します。続縄文時代の初めころの遺跡は数が少なく、土器の変化も詳しく分かっていない部分があります。

 

続縄文時代初頭の土器

続縄文時代初頭の土器

■ 常呂川河口遺跡・329b号土坑出土 ■ 後列中央の土器の高さ:約14cm

■ 縄文時代晩期後半 ■ 紀元前4世紀頃

 墓におさめられていた土器のセットです。縄文時代晩期末から続縄文時代初頭のものと考えられ、底部は幣舞式の特徴である曲面ではなく、平面か、やや上げ底になっています。口が2つある「双口土器(そうこうどき)」(後列右)のような特殊な形の土器も含まれ、また高さ5cm前後の小型土器が10個まとまっていました。

 


変形工字文のある土器

変形工字文

■ 常呂川河口遺跡出土 ■ 残存部の高さ:約29cm(底部欠)

■ 続縄文時代早期 ■ 紀元前4世紀頃

 続縄文時代初頭の深鉢形土器。上部にある「⊃⊂」のような形の文様が「変形工字文」と呼ばれる文様です。東北地方の縄文時代晩期の土器に見られる「工字文」という文様が変化して取り入れられたものと考えられています。

 


続縄文時代初頭の土器

続縄文時代初頭の土器

■ 常呂川河口遺跡出土 ■ 残存部の高さ:約24cm

■ 続縄文時代早期 ■ 紀元前4世紀頃

 続縄文時代初頭の深鉢形土器。上部にある曲線の文様は「変形工字文」からのアレンジで現れた文様と考えられています。

 


続縄文時代初頭の土器

続縄文時代初頭の土器

■ 常呂川河口遺跡出土 ■ 高さ:約29cm

■ 続縄文時代早期 ■ 紀元前4世紀頃

 続縄文時代初頭の深鉢形土器。この土器の上部にある波形の曲線の文様も、「変形工字文」からのアレンジで現れた文様と考えられています。

 


元町2式(もとまちにしき)土器

元町2式土器

■ 常呂川河口遺跡・157a号竪穴住居跡出土 ■ 高さ:約41cm

■ 続縄文時代早期 ■ 紀元前3世紀頃

 上に紹介した続縄文時代初頭の土器に続いて、オホーツク海沿岸地域で作られていた土器で、型式名は美幌町・元町2遺跡に由来します。

 この時期から、口の部分をめぐるかたちで、小さな丸い瘤(こぶ)のような出っ張りの文様が現れます。この瘤形の文様は棒で内側から突いて付けたもので、突瘤文(とつりゅうもん)と呼ばれています。

 


元町2式(もとまちにしき)土器

元町2式土器

■ 常呂川河口遺跡・121号土坑出土 ■ 高さ:約9cm

■ 続縄文時代早期 ■ 紀元前3世紀頃

 小型の壷形土器で、墓に副葬されたものと考えられるものです。

 元町2式土器では、この土器のように突瘤文が2段めぐらしてある場合があります。

 


興津式(おこつしき)土器

興津式土器

■ 常呂川河口遺跡・547a号土坑出土 ■ 高さ:約45cm

■ 続縄文時代早期 ■ 紀元前3世紀頃

 続縄文時代早期の釧路地方を中心に作られていた型式の土器。

 

続縄文時代前期の土器

 紀元前2~1世紀ころに相当します。オホーツク海沿岸地域では宇津内IIa式土器と呼ばれる型式の土器が作られました。

 

宇津内IIa式土器

宇津内IIa式土器

■ 栄浦第二遺跡・87号土坑出土 ■ 高さ:約11cm

■ 続縄文時代前期 ■ 紀元前2~1世紀頃

 宇津内IIa式土器の小型の完形土器。「宇津内」は斜里町の遺跡名からとられています。この土器は墓の副葬品として埋められていたものです。

 


宇津内IIa式土器

宇津内IIa式土器

■ 栄浦第二遺跡・87号土坑出土 ■ 高さ:約11cm

■ 続縄文時代前期 ■ 紀元前2~1世紀頃

 上の土器と一緒に埋められていた宇津内IIa式土器の小型の完形土器。宇津内IIa式土器に付けられる突瘤文は1段のみになります。

 


宇津内IIa式土器

宇津内IIa式土器

■ 栄浦第二遺跡・84a号土坑出土 ■ 高さ:約38cm

■ 続縄文時代前期 ■ 紀元前2~1世紀頃

 宇津内IIa式土器の大型の甕形土器。穴の中に埋められた「埋甕」の状態で発見されましたが、土器の中に何が入っていたかは分かっていません。

 

続縄文時代中期の土器

 紀元前1~紀元1世紀ころに相当します。オホーツク海沿岸地域では宇津内IIb式土器と呼ばれる型式の土器が作られました。

 

宇津内IIb式土器

宇津内IIb式土器

■ 常呂川河口遺跡・459号土坑出土 ■ 高さ:約40cm

■ 続縄文時代中期 ■ 紀元前1~紀元1世紀頃

 宇津内IIb式土器の深鉢形土器。上部に2つ穴のあいた取っ手のような出っ張りが4つあります。この取っ手とその下の文様を合わせて見ると、フクロウの顔を表現しているようにも見える、特徴的なデザインの土器です。

 


下田ノ沢II式土器

下田ノ沢II式土器

■ 常呂川河口遺跡・83c号竪穴出土 ■ 高さ:約13cm

■ 続縄文時代中期 ■ 紀元前1~紀元1世紀頃

 続縄文時代中期の北海道東部・釧路地方を中心に作られていた型式の土器。続縄文時代前期に釧路地方で作られていた下田ノ沢I式土器はこの地域では見つかっていません。したがって、続縄文時代中期になって人や物の交流が活発化し、釧路地方の土器の分布が拡大したことを示すものと考えられています。

 

 

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