ヌプンケシ2号

2011年2月9日

北見市企画部(市史編さん担当) 〒090-8501 北見市北5条東2丁目 TEL0157-23-7111(代)


市史編さんニュース NO.2
タイトルヌプンケシ
平成13年6月1日発行

~これまで刊行された市史~ 画像北見市史としおり
今回は、これまで刊行された市史についてレポートします。
昭和17年(1942)に市制が施行されて以来、『北見市史』は2回刊行されています。
 
1)安藤武雄氏が編さんした古い市史 
 最初に編さんされたのは、開基60年を記念して昭和32年(1957)に刊行された1巻ものの『北見市史』です。この編さんは、市制施行の昭和17年、市が郷土史研究家であった池田七郎氏に資料収集を委嘱した時に始まりますが、同氏が健康を害して昭和27年に辞退、その後は元道新支社長安藤武雄氏に引き継がれました。
 昭和29年(1954)4月には、昭和31年(1956)6月10日に開催される開基60年、市制施行15年式典にあわせて市史を発行する目的で、総務課内に市史編さん係を新設して資料収集その他の事務を強化し、同時に市史編さん協力委員会を設置し、協力委員 148名(内訳=市議会議員30名・市内学校長及び教育者23名・駐在主任45名・報道関係9名・古老11名・学識経験者その他12名・市職員18名)を委嘱し、資料の提供をうけ、座談会による聞き取りを実施しました。
 結局、原稿材料をおおむね市史資料編纂目録にまとめ、執筆者である安藤氏に渡したのは、昭和31年6月でした。その後、執筆者の要求に応じて資料・写真類を提供、市役所幹部と内容協議、校閲されて原稿が完成したのは同年12月となり、実際刊行されたのは昭和32年6月で、予定より1年遅れ、昭和17年から数えれば15年も要したことになります。
 この市史の編さんの主眼は「誰もが必ず読んでくれるもの」とすることにあり、「堅苦しい形式は努めて避けることと、生じつかな文章よりも、写真のより多い挿入によって、直接目に訴えた方が効果的」と考えた、ジャーナリスト出身の安藤氏らしい、当時としては斬新な編集方針をもった約 460ページのコンパクトな通史です。
しかし、残念なのは、この市史のために集められた筈の聞き取り記録や膨大な資料が、私の知る限り、保存されていないことです。これは全て執筆者にお任せで、「市民の貴重な財産=資料の保存」に目配りできなかった、当時の行政に問題があったと思います。
     画像昼寝、走る、よん匹のこねこ
2)現行の市史 
現在、広く市民の目に触れている大部な『北見市史』の編さん作業は、市長施策として昭和46年(1971)に市長直属の市史編さん室が開設され、専任職員2名が配置されたのに始まります。翌昭和47年(1972)に北見市史編さん委員会が設置され、同年に鈴木三郎氏を編集委員長に北見市史編集委員会が活動を開始することで本格化し、その後、各執筆者がその研究紀要である「史稿」をまとめて、市史刊行準備を進めました。

 市史発刊は昭和56年(1981)に開基85年、市制施行40年を記念して『北見市史 上巻』が千部、昭和58年(1983)に『北見市史 下巻』が千部(昭和63年に3百部増刷)、昭和59年(1984)には『北見市史 資料編』が6百部、昭和62年(1987)に『北見市史 年表編』が千部発行されて完了しましたが、これも市史編さん室を開設してから数えて、16年間を費やしています。内容的には、『上巻』に「自然編」と「歴史編」(原始・古代~屯田兵制度)まで記述され、『下巻』には「歴史編」として(周辺部開拓の進展~都市化の促進)までが掲載されていますが、「史稿」の寄せ集め的な面が強く、屯田兵など執筆者の専門分野には力が入るなど、学術的な高さは評価されるとしても、「通史」としては記述に濃淡があり、統一性に欠けて、読みやすいものではありませんでした。
 その市史が刊行されるのに連れて、市史編さん体制も縮小され、昭和60年(1985)には市史編さん委員会が廃止され、担当職員も2名体制から主査1名になり、翌年には資料統計係長が市史編さん主査を兼務することとなりました。あわせて、それまで市史編さん室で保存されていた資料が図書館に引き継ぎされ、その後、市史編さん業務は停止状態となり、現在、企画部には市史にかかる資料はほとんどありません。
 たしかに以前の反省に立って、市史編さん資料が図書館に所蔵されたことは、その散逸を防止し、市民の利用に供する上で意義はありましたが、基本的に図書館は「情報提供」機関であり、「研究機能」を有していないため、将来の市史編さんに備えることにはなりませんでした。また、この市史刊行直後から、複数の市議会議員から「戦後開拓」など戦後の記述が少ないなどの指摘を受けていました。画像本とノート

 以上、2回の市史編さんの過程を概観してみますと、市史を発行すれば全てが完了したと見なされ、担当組織も解体され、また新しい市史を編む時に編さん体制を組織し、あらたに資料収集を始める、その「繰り返し」であったことが理解されると思います。
 また、充実した市史を発刊するには、資料収集の積み重ねと有能な執筆者・編集者が必要であり、それだけの時間と人手と予算が必要なのも想像して頂けたでしょうか。
 今回の市史編さんが、以前の市史編さんの「総括」の上にたって、進められなければならないのは当然のことである、と小生は思います。

《窓際だより》
 創刊号をパソコンの庁内ネットで各課に配信してもらったところ、ありがたいことに早速数名の職員の方から、古い地図の所有者について情報が寄せられました。今更ながら、ネットワークの力に驚かされました。簡単なニュースでも発信してみると、結構皆様から反響があり、激励もされました。小さな仕事でもおろそかにできないな、と実感したしだいです。(なお、市のホームページにも毎号掲載して貰うことにしました。)
 また、平成8年に開基 100年記念事業記念誌として発行された、思い出のエッセイ集『遥かなときから』を購入したいが何処に言えば良いか、当方に問い合わせがありました。調査結果では、所管は財政課財産担当でしたが、「在庫なし」との事で、タイミングを逸すると手に入らない実例になりました。こうなると、図書館で借り受けて、必要なところをコピーするしかありません。実際、市史編さんにも必要な資料なのですが、現在手元にある同誌も筆者が自宅から持ってきた私物です。少しでも、身の回りから資料を収集しなくては、市史編さんも進みません。よろしくご協力をお願いします。画像昼寝ねこ