ヌプンケシ93号

2011年2月8日

北見市総務部(市史編さん担当) 〒090-8501 北見市北5条東2丁目 TEL0157‐25‐1039


市史編さんニュース NO.93
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平成17年4月1日発行

◎野付牛外一箇村戸長役場開庁月日は?    hon
◇それぞれの資料では
 前号《中庭だより》に書きましたが、野付牛外一ケ村戸長役場開庁月日については、次の資料等にあるとおり、明治30年(1897)6月15日と7月15日の二説があり、困惑しました。
 明治末年に発行されたと推定される『野付牛村誌』には「七月十五日開庁」とあり、大正15年(1926)12月発行の『野付牛町誌』には「六月十五日常呂郡常呂外六箇村戸長役場より野付牛村生顔常村を分割し野付牛村外一箇村戸長役場を端野駅(二号駅逓)前大谷派本願寺説教所内に開庁す。」とありました。昭和2年(1927)2月発行の『相内村誌』では、「屯田兵村設置迄ハ常呂外六箇村戸長役場ノ管轄ニアリシガ、(中略)屯田ノ来着ト共ニ明治三十年六月十五日同役場ヨリ野付牛村生顔常村ヲ割キ野付牛外一ケ村戸長役場ヲ置カレタリ。」となっていました。
 昭和62年発行『北見市史』年表編には「7.15 常呂村外六ケ村戸長役場から野付牛、生顔常両村を分離、野付牛村外一ケ村戸長役場を設け、端野番外地説教所に開庁。」とあり、作成原票には前記資料が全部挙げられていましたが、「7月15日」を採用した説明はありません。
◇北海道立文書館からの回答で…
 この開庁月日について、道立文書館に照会したところ、次の回答が届きました。「平成17年3月7日付ご照会のありましたこの件につき回答いたします。/前回回答(1月7日)で参考に掲げた『北海道市町村沿革台帳』所収の告示2件(別添)が関係のものと思われます。」
 その最初の一件が「明治三十年六月十三日」付「北海道廰告示第百二十七號」で、下に示したとおり、全道各地で11ヵ所の戸長役場を設置することが告示され、その中に「常呂郡常呂外六箇

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村戸長役場ノ所轄ヲ割キ野付牛外一箇村」を置くとあります。
 問題は、「但シ開庁月日ハ追テ告示ス」とあることです。つまり、これでいけば母体である戸長役場からの分離が告示された日と、新たに独立した戸長役場の開庁月日は全く別ということになります。これが後で混乱する原因になったようです。
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◇開庁月日は「7月15日」が妥当
 右の「明治三十年六月三十日」付「北海道廰告示第百三十九號」には、「野付牛外一箇村戸長役場」を含む9ヵ所の戸長役場を「明治三十年七月十五日ヨリ開廰ス」とありますから、現時点では野付牛外一箇村戸長役場の開庁月日は「7月15日」が妥当ということになりました。
 ただし、文書館の回答後半に「当時の庁令、告示などの公布式である北海道毎日新聞ほか、明治30年6月、7月の新聞は当館にはなく、また道庁の本庁および網走支庁の公文書についても、明治30〜34年のものがほとんどなく、該当するものは見つかりませんでした。図書等にもあたりましたが、『北海道庁現行布令便覧上』(明治31年)には記述がなく、さきの告示を裏付ける資料はいまのところ不明です。」とありましたが、転記ミスなどもありますから、これで確定とは言えないのも事実です。つまり正確を期すには『北海道市町村沿革台帳』だけでなく、別の資料から裏付け確認することが必要だからです。
◇分割日と開庁日の混同?
 そこで、再度『野付牛町誌』と『相内村誌』とを読み直すと、「六月十五日」というのは、「常呂外六箇村戸長役場より野付牛村生顔常村を分割した」日であり、開庁日とは別と読めます。その「六月十五日」も告示日の「六月十三日」を転記ミスしたかもしれません。昔の筆字では「三」を「五」に読み違えること、その逆もあることなのです。また、実際に開庁していたかもしれません。こうなると前述のとおり、別の複数資料にあたることが大切になるのですが、文書館にも該当文書がないということですから、現時点での調査はこれが限度です。
 このように、当時の村誌・町誌を記録した担当者が「常識」として何気なく書いた文章、日付で、後代の読者は大変混乱させられる訳で、現在、市史を担当する者として、十分気を付けていかなくては、と思いました。


◎市史編さん事業、新年度より企画部から総務部に移管

 機構改革により、現在進めている市史編さん事業は、この4月1日を期して、企画部から総務部に移管されることとなりました。今後、臨時的ではなく恒常的に市史編さん事業を進めるためには、総務部にある文書課ともより一層緊密に連絡調整を必要とするためです。他市においても、同事業は総務部で執行されております。
 これまでスタッフとして事業を支えてくれた統計市史編さん担当は、総務課統計担当として分離されることになりました。お世話になった中山係長、栗田さんに心からお礼申しあげます。
 市史編さん事務室は現在地のままなので、これまでどおりお気軽にお立ち寄りください。


 《中庭だより》 
☆新年度です。『北見現代史』の原稿も続々集まって来ています。労作が多く、1冊にするには大変な作業になると、清水編集委員長も先の市史編さん委員会で申されていました。しかも、3町との合併もあります。展望を持って事業を進めたいと思っていますので、ご支援下さい。
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