常呂の遺跡

2016年3月10日

常呂の遺跡の調査

 常呂に大昔の遺跡が存在することは古くから知られており、早くも明治時代には発掘調査も行われていました。しかし、考古学的調査が本格的に、また継続的に行われるようになったのは1957(昭和32)年、東京大学による調査が行われるようになってからです。これには常呂在住の故・大西信武氏の強いはたらきかけがあったことは地元ではよく知られていることです。

 それ以来、東京大学文学部考古学研究室と、旧・常呂町教育委員会(合併後は北見市教育委員会)とは協力しながら常呂地域の遺跡の発掘調査を実施してきました。以下では、これまでの常呂の遺跡の研究史と、これまでに図書として刊行された調査成果についてご紹介します。

 

常呂の遺跡案内

 北見市常呂自治区(旧・常呂町)内では、確認されているだけで129箇所の遺跡が登録されています(平成27年3月現在)。
 これらの遺跡の中には、史跡常呂遺跡のように発見時からほぼそのまま保存されている場所もある一方で、耕作地になったり工事で失われたりした場所も少なくありません。このコーナーでは、現在でも見学可能な遺跡・すでに失われてしまった遺跡にかかわらず、代表的な遺跡の発掘調査成果をご紹介していきます。

国指定史跡「常呂遺跡」とその構成遺跡

 北見市常呂地域のサロマ湖東岸からオホーツク海岸沿いに残る遺跡のうち、特に保存状態が良好な地区が「常呂遺跡」という名称で国の史跡に指定されています。この史跡「常呂遺跡」は1箇所の遺跡ではなく、複数の遺跡を含む総称となっています。具体的には、常呂竪穴群・栄浦第二遺跡・岐阜台地西部竪穴住居群・常呂川右岸台地竪穴群(トコロチャシ跡遺跡群)の4つの地点の遺跡が含まれています。

その他の遺跡

 

主な遺跡の位置

 「ところ遺跡の森」が史跡公園として整備されているほか、案内板を設置して見学できるようにしてある遺跡があります。また、海岸線の位置や河川の流路などは遺跡が残された当時とは変わってしまっていることが多いですが、遺跡は台地の上、または河口や海岸沿いの砂丘上で多く見つかっており、こうした地形的特徴は現在でも確認することができます。

遺跡分布図

1. 史跡常呂遺跡(岐阜台地西部竪穴住居群) 2. ライトコロ川口遺跡 3. 岐阜第三遺跡 4. 岐阜第二遺跡 5. 史跡常呂遺跡(栄浦第二遺跡) 6. 史跡常呂遺跡(常呂竪穴群) 7. 常呂川河口遺跡 8. トコロチャシ跡遺跡 9. トコロチャシ南尾根遺跡 10. トコロ貝塚 11. 大島2遺跡

 

 

お問い合わせ

北見市教育委員会常呂教育事務所
ところ遺跡の森

〒093-0216
北海道北見市常呂町字栄浦371番地
電話:0152-54-3393
FAX:0152-54-3538