ところ遺跡の館展示案内:旧石器時代

2015年8月18日

旧石器時代

 北海道にヒトが住み始めた時代を「旧石器時代(きゅうせっきじだい)」と言います。日本列島では、少なくとも約35000年前には各地に多数の遺跡が残されるようになったことが分かっています。一方、北海道に最初にヒトが入ってきたのがいつ頃なのか、まだ正確なことは分かっていませんが、少なくとも30000年以上前にはさかのぼるだろうと考えられています。
 旧石器時代は現在より気候が寒冷な氷河時代に当たります。海水準が現在より低く、現在海となっている範囲でも浅いところは陸になっていました。間宮海峡(深さ約10m)と宗谷海峡(深さ約60m)も陸続きになっており、サハリンから北海道は大陸から突き出た半島になっていました。この頃北海道に暮らした人々は、マンモスなど北方系の動物群とともに大陸から入ってきたと考えられています。
 北見市内でもこの時代の遺跡が多数発見されています。

北見市最古の遺跡

岐阜第二遺跡石器
【写真1 岐阜第二遺跡出土石器】

 常呂地域の旧石器時代の遺跡としては、岐阜第二遺跡が知られています。25000~24000年前頃の遺跡と考えられており、北見市内で最も古いと考えられる遺跡の1つです。石を細長く打ち割り、刃物として使えるようにした「石刃(せきじん)」や、石を打ち割ったあとに残った石の塊などがみつかっています(写真1)。
 北海道東部の旧石器時代の遺跡では白滝や置戸などで採れる黒曜石が多く用いられていましたが、岐阜第二遺跡の石器は少し変わっており、頁岩(けつがん)という白い石を使って作られています。この頁岩は、黒曜石産地よりも遺跡から近い場所で採れるのですが、石器の材料としては黒曜石と比べて決して質のいいものではありません。おそらく古い時期の人々は良質な黒曜石を安定的に手に入れる体制が整っておらず、そのため、近場にあった質の悪い石を使って作られたのが岐阜第二遺跡の石器であろうと考えられています。

常呂川流域の旧石器時代遺跡

 北見市を縦断して流れる常呂川の流域は、北海道内でも旧石器時代の遺跡が特に多く見つかっている地域です。
 下流部にあたる常呂地域では岐阜第二遺跡が現在のところ唯一の遺跡ですが、上・中流部にあたる北見盆地周辺には遺跡が密集して分布しています。
 遺跡の館では比較のため北見盆地周辺の遺跡で出土した石器も一部展示しています。北見盆地周辺の遺跡では常呂地域の岐阜第二遺跡とは対照的に、ほとんどの石器が黒曜石で作られています(写真2)。北見盆地は常呂川流域の置戸などの黒曜石産地に近く、良質な石材を豊富に入手することができたのです。

 この時代には、「細石刃(さいせきじん)」という石器が盛んに作られていました。石刃を小型化した、かみそりの刃のような形態の石器で、柄に並べてはめて使ったと考えられています。遺跡からはこの細石刃と、細石刃を作るもとになった「細石刃核(さいせきじんかく)」が多く見つかります。写真2の石器はいずれもこの細石刃核で、端部や表面などに細石刃を打ちはがしてできた細長い痕を見ることができます。

大正1遺跡出土石器紅葉山遺跡出土石器
【写真2 大正1遺跡出土石器(左)・紅葉山遺跡出土石器(右)】

 

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