歴史民俗資料館:端野町の文化財

2011年4月21日

 端野町には様々な文化財があります。端野町文化財保護条例が平成3年に制定されて以来、現在までに4件(鎖塚・旧野付牛屯田第四大隊第一中隊本部被服糧秣庫・大カシワ・カタクリ)が指定されています。そのほかにも指定保存樹木、埋蔵文化財(遺跡)、指定はされていないものの、史跡・名勝・天然記念物、各種の記念碑が数多く残されています。 

石碑一覧

 

鎖塚の区域

No.1

指定番号 種類 有形文化財(史跡) 員数 1(963平方メートル)
名     称 鎖塚の区域
所  在  地 北見市端野町緋牛内842番地8
所有者・管理者名
及 び 住 所

土地所有者:北見市(端野町字二区471番地1)

管理者:緋牛内鎖塚保存会(緋牛内鎖塚保存会会長宅)

品質及び形状 土饅頭3基、供養碑1、観音像1、地蔵尊6、輪廻車1
寸法又は重量 963平方メートル程度(取得用地3,595平方メートル)
作     者 土饅頭~不明、鎖塚供養碑〜鎖塚慰霊事業協賛会
製作の年代又は時代
・創建及び沿革
土饅頭~明治24年の中央道路開削時
地蔵尊~昭和48年中澤廣建立
鎖塚供養碑・六地蔵~昭和51年
画賛・奥書・銘文等 鎖塚供養碑碑文/明治二十四年、北海道長官永山武四郎は、網走と旭川を結ぶ国道開設の急を感じ、網走・空知両監獄の囚人凡そ一,〇〇〇人を動員し、五月上旬、北両端より着工、十二月完成の突貫工事をした。
此道路が北見の開発に貢献したことは云うまでもないが、工事の際死亡して路傍に埋められた墓標亡き囚人は、三〇〇に余るという。此の三基もまた彼らを縛って、鎖だけがその上に残されてあり、是を鎖塚と呼ぶようになった。此処に供養碑を建て、尊くも哀れな御霊を永く弔う。
伝来その他参考と
なるべき事項
昭和41年、中澤廣は「開拓夜話」を著し、同43年に鎖塚の立て札を立てる。緋牛内鎖塚保存会は同54年に決議。
平成 3年 8月16日 申請 その他/小池喜孝著「鎖塚」他の参考資料多数。開削百周年には記念シンポジウム、特別展などを開催。 23-2-7
平成 3年 9月10日 諮問
平成 4年 1月17日 答申
平成 4年 4月20日 同意書
平成 4年 2月27日 指定書
平成 4年 2月27日 指定(告示)
平成 4年10月16日 用地取得
平成 5年 3月  日 標識設置
平成 8年10月29日 道指定報告
平成10年 6月12日 整備

 

旧野付牛屯田第四大隊第一中隊本部被服糧秣庫

No.2

指定番号 種類 有形文化財(建築物) 員数 1棟
名     称 旧野付牛屯田第四大隊第一中隊本部被服糧秣庫
所  在  地 北見市端野町字一区649番地1(一区神社)
所有者・管理者名
及 び 住 所
屯田兵中隊本部被服糧秣庫保存会(一区自治連合会)会長宅
品質及び形状 別紙(一区部落史553P)
寸法又は重量 キングポスト小屋組み
桁行5間(長さ9m37cm)×梁間4間半(奥行6m43cm)
作     者 札幌陸軍経営部所管(常呂郡野付牛出張所)
製作の年代又は時代
・創建及び沿革
明治29年に建設され、第一中隊の被服糧秣庫として使用されたもので、明治37年に一区が払い下げを受け現在地に移転し一部を改修し神社拝殿として使用。規模の改変はなかったが、拝殿としての用途上内部間仕切りの除去他の改造を行なっている。大正9年には土台替えで、木杭束基礎を吹石に、屋根を亜鉛鉄張りに改変。また平成4年には土台、床等の補修を行なっている。
画賛・奥書・銘文等 なし(来歴を記したパネルあり)
伝来その他参考と
なるべき事項
 
平成 3年 8月16日 申請 その他/昭和53年に教育委員会が北海道文化財審議会委員の遠藤明久氏(当時北海道大学教授)に依頼して調査を実施。概要は一区部落史に記述。 23-2-8
平成 3年 9月10日 諮問
平成 3年 9月25日 答申
平成 4年 4月20日 同意書
平成 4年 2月27日 指定書
平成 4年 2月27日 指定(告示)
平成 4年 9月10日 補修終了
平成 5年 3月  日 標識設置
平成 8年10月29日 道指定報告
 

 

緋牛内の大カシワ

No.3

指定番号 種類 天然記念物 員数 1本
名     称 緋牛内の大カシワ
所  在  地 北見市端野町緋牛内780番-2、780番-7
所有者・管理者名
及 び 住 所
北見市端野町端野25番地    端野町   780番-7分
品質及び形状 幹周は全国でも有数であり、株立が1本のものでは全国一となっている。町内では最大最古の樹木であり、その威容は全国的にも誇るべきものである。一部に枝を除去した痕跡が見られる。
寸法又は重量 幹周490cm(約5m)、樹高16.9m約17m、
枝張り10.5m
作     者 なし、自生
製作の年代又は時代
・創建及び沿革
樹齢300年以上もしくは350年以上。当初は250年としたが、他との比較、樹木医の意見として訂正。
画賛・奥書・銘文等 なし
伝来その他参考と
なるべき事項
開拓当時、山の神として祀られたという
第4回自然環境基礎調査「日本の巨樹・巨木林」(昭和63年調査)
 平成3年度・環境庁発行
平成 7年 4月26日 諮問 その他/平成8年の樹木医による診断で内部の空洞が発見され、9年より3ヵ年で治療開始。 23-2-9
平成 8年 3月30日 答申・決定
平成 8年 4月20日 同意書
平成 8年 4月25日 指定書
平成 8年 4月26日 指定(告示)
平成 8年10月29日 道指定報告
平成 9年11月29日 治療終了
平成10年 2月10日 標識設置
平成10年12月10日 治療終了
平成20年11月30日 治療終了
平成21年6月30日 治療終了

お問い合わせ

端野町歴史民俗資料館
電話:0157-56-2560