常呂町富丘地区の記念碑・石碑

2012年7月10日

  

                                            常呂町富丘地区の記念碑・石碑

 

                                富丘地区開基100年記念碑                                                

 富丘開基100年記念碑.jpg

 富丘開基百年記念碑碑文.jpg

「富丘百年史 拓頌」から

 

■富丘開基100年記念碑

   開基百年にあたり、今日の豊かな郷土を築き上げた先人たちに喜びと誇りを感じ、

  次の世代へ限りない未来を拓く事を祈念し、題字は先人たちを褒めたたえ一層発展

  する事を願い「拓頌」とした。

   建設場所は公民館駐車場西側の小高い場所に建立。平成10年11月22日

  午前10時子供たちの手で除幕される。

   

※富丘地区に関する所蔵資料

 「富丘百年史 拓頌」」 平成11(1999)年3月

 「イワケシュ郷土史」 昭和49(1974)年2月

 「富丘小学校開校30周年記念誌 しらかば」 昭和55(1980)年11月

 

           富丘の馬頭観世音碑                   

            英霊の碑                 

富丘馬頭観世音.jpg

 

 

英霊の碑.jpg

「富丘百年史 拓頌」から

 

■馬頭観世音菩薩

   明治から大正の西川沿の道路は、数多くの坂道で、物資の

  搬出往来には今では考えられない苦難の道であった。

   物流の総てが馬により行われるに伴い、事故も続発する。

  佐呂間道路吉田金作の沢を吉田沢と呼んでいた。この坂で

  馬の転落死亡事故が多発したため、馬頭観世音菩薩を祀った。

  この菩薩は事故により亡くなった馬の霊を慰める為に祀られた

  ものであり、大正15年9月石碑にて建立する。昭和45年6月、

  神社の移転と同時に、馬頭観世音菩薩も神社境内に移した。

  時代の流れにより馬から機械力に変わってしまったが現在も

  輓馬生産用として、富丘に4戸で10数頭の馬を飼育している。

  毎年7月17日を馬頭祭とし、今は馬ばかりではなく家畜の

  霊も祀っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「富丘百年史 拓頌」から

 

■英霊の碑

    昭和20年8月15日、無条件降伏までにこんな小さな部落

  からも、若い10代、20代の17名が戦争犠牲者となる。

   「お国の為とはいえ、青春を散らした英霊よ安らかに眠って

  下さい」と、終戦の翌年21年7月、富丘神社の境内に標木

  を建てて霊を祀るが、当時の区長土田重太郎さんが発起人

  となり、昭和45年6月石碑にて現在の富丘神社の境内に

  再建し、現在に至る。毎年春と秋の2回老人クラブにより

  ささやかながら英霊祭を行っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       グーグルの地図で3つの記念碑・石碑の場所がわかります

 

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