「ところ遺跡の森」便り【2021年10月~】

 「ところ遺跡の森」便りは北見市常呂自治区内で『広報きたみ』に折込で配布されている社会教育情報内に毎号掲載しているものです。
 イベント案内をはじめ、考古・自然など「ところ遺跡の森」に関連する情報を毎月お届けしています。
 (毎月初め更新予定。ここに掲載したものは、写真・文章は当初掲載時のものから一部変更している場合があります。)

以前の記事は以下のリンクからご覧ください。

2021年12月号 博物館と資料の貸し出し

 遺跡の出土資料の公開は遺跡の森の重要な役割の1つです。遺跡の森施設での陳列・展示がその中心的な方法ですが、他の博物館や研究施設への資料の提供や貸出を行うこともあります。これは、遺跡の森や常呂遺跡を実際に訪れてもらうことが難しい人たちにも広く資料を見てもらう良い機会ともなります。
 他の機関から資料の貸出依頼を受けた場合、遺跡の森では施設内の展示計画や資料の状態(持ち出しても壊れる怖れがないか、など)から貸出が可能かを回答します。資料の貸出は、借用する施設の職員も立ち会って状態を確認しながら行うのが一般的です。そして、破損等が発生しないよう厳重に梱包して運び出しを行います。
 遠隔地への貸出の場合には、万一の場合に備えて損害保険に入ってもらう場合もあります。考古資料は、この遺跡のこの場所から出土した、という情報と関連付けられている点に学術的な資料としての価値があります。この意味では、なくなったとしても代替品が入手できるわけではないので、どの資料も1点ものということができます。こうした学術資料としての価値は金額に置き換えるのは難しく、従ってはっきりした評価額が決定できるわけではありませんが、仮に金額を付けて保険に入るかたちとなります。この場合の保険は、資料が失われた場合の補償というよりも、事故により破損が発生した場合の補修に当てることができるという点に意味があるものと思われます。幸いなことに、遺跡の森では現在まで、貸出に際して保険の適用を受けるような事故が発生したことはありません。

 遺跡の森では今年度、横浜ユーラシア文化館、及び大阪府立近つ飛鳥博物館で開催される特別展「オホーツク文化―あなたの知らない古代」に展示資料を出品しています。利尻島から根室半島まで、各地のオホーツク文化の遺跡の出土品が一堂に会するまたとない展示です。通常は一般公開されていない資料も出品されています。遠隔地での開催ですが、機会があれば立ち寄ってみていただければと思います。会期は以下の通りとなっています。

オホーツク文化特別展のポスター画像

2021年11月号 『遺跡と環境変動』展開催中

 現在、「ところ埋蔵文化財センター」展示コーナー(入場無料)で企画展『遺跡と環境変動』を行っています。
 地球の環境はずっと不変であったわけではなく、長い年月の間に変動を繰り返してきました。常呂では、縄文時代早期の約8000年前から、ほぼ継続して人が暮らしてきましたが、その間には気候や周辺環境が現在とは大きく異なっていた時代もあります。遺跡は、そうした変動を今に伝える証拠となっている場合もあります。
 今回の展示では「トコロ貝塚」と「ワッカ遺跡」についてご紹介しています。トコロ貝塚は常呂川東岸、現在では海から少し離れた場所にありますが、貝塚が残された縄文時代・約4500年前の当時は海につながった入り江に面していました。現在の北海道の海にはいないハマグリの殻も含まれており、当時が現在よりも暖かい気候であったことが分かります。
 ワッカ遺跡はサロマ湖の砂州上、ワッカの泉近くに広がる遺跡です。この遺跡が最初に利用されたのは6500年前のことですが、当時はまだ「サロマ湖」は存在せず、周囲の地形は現在とかなり異なっていました。
 こうした遺跡の周辺環境の変化を出土品とともに紹介しています。3月21日まで展示予定ですので、機会がありましたらお立ち寄りください。

展示コーナーのようす
▲展示コーナーのようす

2021年10月号 大島2遺跡の発掘調査

 毎年夏に行われている東京大学考古学研究室による大島2遺跡の発掘調査が令和3年も行われました。発掘現場の見学会も企画していたのですが、緊急事態宣言の発令があったため中止になりました。今回はこの発掘調査についてご紹介したいと思います。
 大島2遺跡は、常呂森林公園の近くの山林の中に広がる遺跡です。現在でも地表に竪穴住居跡が残る遺跡であり、東京大学によって2009年から継続的に調査が行われています。これまでに4基の竪穴住居跡の発掘が完了し、現在5基目の発掘が行われています。
 これまで発掘された住居跡は、いずれも12世紀、擦文時代の終わり頃のものだったことが分かっています。現在発掘中の住居跡もほぼ同時期のものだったことが、発見された土器から分かりました。また、住居跡の床面で用途不明の長方形の穴の跡が見つかりました。擦文時代には住居跡が墓として利用された事例があり、この穴も同様のものだった可能性があります。今後、内部から回収された土の分析などを含め、詳しく検討される予定です。
 調査について、もう少し詳しい情報を「ところ遺跡の森」ホームページにてご紹介しています。関心のある方はそちらもご覧ください。

発掘中の調査現場の様子の画像
【発掘中の調査現場のようす】
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