ヌプンケシ11号

北見市企画部(市史編さん担当) 〒090-8501 北見市北5条東2丁目 TEL0157-23-7111(代)


市史編さんニュース NO.11
タイトルヌプンケシ
平成13年11月1日発行

◎鈴木三郎先生の市史関係リスト作成完了
 平成8年1月にご遺族から寄贈され、北網圏北見文化センターに保管されていた前市史編集委員長鈴木三郎氏資料を、当室へ9月5日に移管、整理を続けておりましたが、10月12日、市史関係資料だけ概略リストにまとめました。
 リストは53ページで、タイトル数にして 1,695件になりました。やはり、屯田兵関係の史料が多くあり、今後の研究の大きな手掛かりになることでしょう。
 その他、市史に直接関係のない書籍類が 1,185冊ありましたが、これらはいずれ図書館全面改築のおりに、保存をお願いしようと思っています。
 10月18日、奥様の鈴木正子様を訪問、ご寄贈頂いてから整理まで大変時間がかかったことをお詫びいたし、リストをお届けしました。
 画像鈴木三郎先生奥様の話では、研究一筋で、昭和62年(1987)11月9日にお亡くなりになる寸前まで、広報きたみに連載されていた「歴史の散歩道」の原稿を書かれたり、資料の入ったカバンを病室に持ち込まれたりされていたそうです。実際、今回整理した資料の中には未完成の各種年表類がたくさんあり、病気でなければもっとお仕事をされたのだろうと推察され、市史にとって大きな損失であったと思いました。
  ご自宅で地図を拡大するのにスライド映写機をつかい、壁面に映して、紙に写し取ったり、色々工夫されていたそうです。丹念に手書きされた地図など貴重な資料の数々を見た担当
者として、鈴木先生のお仕事に職人気質のようなものを感じていましたから、奥様のお話を聞いて、納得したしだいです。
地歴を高校教師時代に教えていらしたためでしょうか、実証主義で車で調査現場にいき、目で確かめることを大切にされていたようです。(また、車とドライブが趣味で、ハンドルを握って死ねたら本望だ、と言われていたそうです。)
 市井の一研究家で良いとお考えだったのでしょう。このニュースに鈴木先生のご経歴をご紹介しようとしたら、何もデータがなく、またお顔を写した写真もないことに気づきました。研究で名をあげたら、少しでも自分を誇示したがるのが普通なのですが、そうしたことを意識的にさけていらしたようです。(ちなみに左上の写真は新聞切抜のものです。) 市史編さん担当としては、鈴木先生の市史編さんにおけるご功績を顕彰することが大切だと思い、奥様からお写真をお借りし、複製した肖像写真を事務室内に資料類とあわせて掲げさせて頂くことにしました。

画像黄色のきく◎鈴木三郎先生略歴
 
鈴木先生は明治42年(1909)7月29日滝川にお生まれになり、その後野付牛に来られ、大正11年(1923)3月に東小学校卒業(第3回生)、翌年3月中央小学校高等科を卒業され、野付牛中学校に進学され、昭和3年(1928)3月、第2回生として卒業。
 昭和3年4月、中湧別小学校を振り出しに、陸別小学校、幌呂小学校に勤務され、昭和7年(1932)4月旭川師範学校入学、翌年3月同校専攻科を卒業。
 昭和8年(1933)4月から白糠小学校、昭和9年4月に端野小学校、昭和13年(1938)4月には北見西小学校に勤務されていました。
 昭和16年(1941)4月から釧路市立高等女学校に勤務。昭和21年9月からは北見市立高等女学校(現柏陽高校)に勤務され、昭和45年(1970)3月に退職されました。お亡くなりになったのは、昭和62年(1987)11月9日でした。
 この間に、昭和40年に刊行された『端野町史』に執筆され、また北見市史編集委員長として『北見市史』上巻(昭和56年12月)、『北見市史』下巻(昭和58年12月)を編集、執筆され、『北見市史』史料編(昭和59年11月)では資料解説をされています。
 広報きたみに「歴史の散歩道」を、昭和48年2月号から昭和62年11月号まで163回連載され、市民生活に密着した題材を取り上げ、市民が市史へ関心を持つように努力されておられました。
[役 歴]       画像りすとどんぐりころころ
昭和29年(1954)4月1日〜昭和32年(1957)6月10日 市史編さん協力委員
昭和41年(1966)6月1日〜昭和41年(1966)8月1日 市民憲章起草委員、小委員会委員 
昭和43年(1968)12月1日〜昭和62年(1987)11月9日 市民憲章作品コンクール審査委員
昭和47年(1972)4月1日〜昭和60年(1985)3月31日 北見市史編さん委員
昭和48年(1973)1月1日〜昭和60年(1985)3月31日 北見市史編集委員長
昭和58年(1983)4月1日〜昭和62年(1987)11月9日 文化財審議委員
[著 作]
『本願寺農場』(昭和49年3月)         『仁頃山』(昭和49年3月)
『北見への道』(昭和49年5月)         『旧市街地を築いた人々』(昭和50年3月)
『北見の農牧場』(昭和51年2月)       『小泉正保小伝』(昭和51年7月)
『常呂川の先駆者』(昭和51年11月)    『北見市街地発達史』(昭和52年5月)
『屯田兵物語』(昭和52年7月)         『歴史の散歩道』(昭和61年6月)
以上、市立図書館に所蔵されていますので、借りて読んでみてはいかがですか。画像きくをつくるおじいさん

 

 《中庭だより》画像おはな
☆現在、市史編さんの業務の方は『北見市史』年表編以降、つまり昭和62年以降の年表整備に入っています。また、スキャナーを活用して、これまでの人名録をデジタル化して集約する作業も始めました。いずれも手間のかかる仕事ですが、がんばっています。
☆10月24日、工事をしようとしたところ、河川敷土手下に見慣れない石柱があるので、何か確認してくれと道路担当から依頼があり、石碑類に詳しい伊藤公平氏に調査してもらった結果、昭和47年4月28日に設けられた『車馬通行禁止』の道路標識の一種でした。
市史編さん担当ポストが出来て、こんな思いもよらない問い合わせもでてきます。画像かれは

 

 

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