ヌプンケシ23号

北見市企画部(市史編さん担当) 〒090-8501 北見市北5条東2丁目 TEL0157-23-7111(代)


市史編さんニュース NO.23
タイトルヌプンケシ
画像友だちと自転車平成14年5月1日発行

◎戦後文化活動と職場文芸誌〜プランゲ文庫から 画像ゲジゲジ
 道立図書館にコピーをお願いしたプランゲ文庫北見関係資料の内、6タイトル分が4月1日に届きました。同館職員の方の話ではマイクロフィルムリーダー機では読めるらしいのですが、コピーではほとんど判読不能の資料もありました。それでも戦後間もない北見で、職場から文芸活動が進められていたことが分かる貴重なデータであると思いました。 年次順に紹介すると、昭和21年(1946)8月1日、松下木材株式会社北見工場文芸部(編集長木下武久)が発行した『微風』(そよかぜ)昭和21年夏季号があります。紐綴じのページ数にして40ページのガリ版印刷ですが、目次をみると18名の方が短歌・評論・論文・詩・随筆・創作等を発表しています。本文は残念ながら、判読できないので評価のしようがありませんが、編集後記を読むと、本号に掲載しきれないほどたくさんの投稿があったようで、戦後の解放感の中で、人々が思い思いに何かを表現しようとした動きが感じられます。
 次は、昭和22年(1947)7月20日創刊の、日本電気産業労働組合北海道地方道東支部北見分会機関紙『労鏡』(ろうきょう)ですが、4ページにぎっしり労働運動の方針が書かれているようなのですが、大部分は判読不能です。それでもよく見ると「クローズド・ショップ」など労働用語の解説があり、労働運動についての啓蒙活動の様子がうかがえます。北見における戦後文化活動指導者の一人、島田親氏が「働くものの文化活動について」との小文も読み取れます。これは、石田忠明氏を編集者に昭和24年1月7日創刊の、電産・北見・文化部機関紙『炎柱』(ほばしら)につながっているようです。同2号は同年2月10日発行、同3号は3月頃かに発行。第4号は5月16日に発行と、激化する労働運動の中で精力的に発行されていたようです。『炎柱』は原本が市立図書館にありますので、興味ある方は手にとってご覧ください。(菅原政雄先生の『北見の文学ものがたり』によれば、これ以前に昭和23年4月創刊の『奔流』という文芸誌もあったようです。)画像ゲジゲジ3匹並んで
 ニュース第17号でもお知らせした国労北見支部青年婦人部機関紙『くさり』のバックナンバーも出てきました。創刊号は昭和22年(1947)10月10日発行で、第2号は同年11月12日発行。第3号、12月16日発行。第4号は昭和23年(1948)1月29日発行。第5号、同年2月15日発行。第6号、3月20日発行。
第7号が、5月26日発行となっています。第7号の編集後記をみると、「投稿が少なく」と書いてあるところをみると、この号以降に休刊状態になった模様です。筆者としては、第4号にあった林白言氏(元文連会長)が26歳になって書いた『青年部を去るに当たって』という文が、資料として貴重だと思いました。
昭和23年(1948)2月10日には、北見営林局造林課の発行で『まつかさ』が創刊されています。当時の局長廣田實氏の「創刊の辞」では「科学技術が経済事業によく融け込む様取り扱われるべきで、林業技術者は其の目を以って森林を見るべきであろう。それには視力の養成が最も緊要で常に研究錬磨御互に知識経験を交換すべきである。」としています。
目次を見ると、時代の要請に応える林業技術者としての心意気をしめすように、海外ニュースの紹介、「山林技術者の在り方について」等の各種論文・提言がなされ、随筆、文芸なども掲載されています。
第2号は昭和23年(1948)4月に発行されているようです。
最後に紹介するのは、全農林職労組北見営林局分会文化部が昭和23年(1948)4月20日に創刊した『いずみ』(編集者井上又太郎)ですが、「発刊のことば」を読むと、文化部は発足したのはその年の1月で、毎土曜日に委員会を開き、文化部の具体的な活動方法について考えた結果、この雑誌をつくったとのことです。巻末の「文化部雑記」を読むと、文化部は文学・音楽・映画演劇・社会の4つのサークルで構成されていたようで、当時、娯楽の少ない中で、自分たちの手で文化を創ろうと努力していた様子が感じられます。 画像友達とリュックサック 
☆北見市役所での文化活動 
 プランゲ文庫にもなく、筆者は残念ながら原資料を見ておりませんが、菅原先生の『北見の文学ものがたり』をみると、私達の職場である市役所でも職員組合機関誌として『僚友』が昭和22年に創刊されて第5号(昭和24年頃)まで発刊され、また青年部機関誌『HAPPY』が昭和24年に創刊されて第6号(昭和25年頃)まで発刊されているようです。
 朝鮮戦争勃発と前後して、占領政策が民主化から反共へ転換される中で、労働運動の激化と弾圧が強まり、こうした職場誌を出す精神的余裕がなくなったのかもしれません。
 青インク創刊号表紙その後、社会が落ち着きを見せはじめた昭和29年(1954)11月22日『青インク』がガリ版印刷で創刊されました。表紙はご覧のとおり昨年、北網圏北見文化センターで作品展があった香川軍男氏の版画です。書き手もざっと23名を数え、その後の市役所幹部クラスの多士済々の方々でした。当初、2カ月に1回のペースで発行を進めていましたが、それも徐々にペースダウンし、書き手も減り、昭和60年(1985)4月発行の第57号でとうとう休刊してしまいました。
それでも、14年ぶりに有志が集まって、平成11年(1999)10月に第58号を発行し、平成12年12月に第59号を、最近第60号を発行しています。『青インク』は戦後の流れを汲む、北見市内の職場誌としては最古の歴史を持っているんですよ。知ってましたか。

  画像こいのぼり

◎平成14年度第1回市史編さん委員会開催

 4月18日、13持30分から入札室にて、本年度第1回目の委員会を開催しました。最初に平成13年度の事業実績が報告され、承認されました。続いて、清水委員長が4月10日仮称『きたみ現代史』編集委員長に就任され、編さん委員長を辞退されたので、役員改選となり、後任委員長には副委員長の水津氏が、また副委員長には滝谷委員が選出されました。その後、平成14年度事業が承認されました。

 《中庭だより》 画像ゲジゲジ
☆4月15日、書架が4本、事務室に入りました。その書架も公文書の簿冊を収めたら満杯になってしまいました。これからは、この事務室で編集委員会を開催する予定なので、余分なものはますます置けなくなってきました。狭い空間をいかに有効に利用するか、しかも圧迫感のない仕事のしやすいようにするか、頭をひねっています。
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