ヌプンケシ199号

北見市総務部 市史編さん主幹  〒090-8501 北見市北5条東2丁目 TEL0157-25-1039

市史編さんニュース NO.199
 タイトルヌプンケシ
平成22年9月15日発行

◎児玉 兼次(こだま かねじ)氏調査、その後(2)
◇大正5年(1916)9月3日付『釧路新聞』で

 大正5年9月3日付『釧路新聞』に、「主よ霊の滅び行く野付牛を救はせ給へ」という見出しで、次の記事がありました。
 

 其戸数すでに千を超過した北見野付牛町は農産豊富な部落で囲繞せられて居るのみならず市街には街役場、警察分署は勿論三井木工場、製麻会社工場、製軸場等農工商凡て現世の活動機関整備し居る上に禅、日蓮、浄土、本願寺、成田山、太子堂、基督教会、救世軍或は天理教、金光教、出雲教に至る迄霊界の機関にも不足なく、極楽、天国、高天原何れとも好みに依て信じ次第と云ふ盛況であるが 教会堂から牧師まで新知識を揃へて居る筈基督教が 甚だ振はぬのみならず兎角裏面に暗闘紛擾が絶たない 有名な米国宣教師ピヤソン師の支配下に在る日本基督教会は 中田重治氏の東洋宣教會と誤多付き ピヤソン師は自分が野付牛に現住するに拘らず東洋宣教會が来るとは畢竟信者を泥棒するものであると語つて居るそうだ 網走の仁平氏、野付牛の児玉氏新井氏等はピヤソン師の布教布り・・・(綴りの関係で以下、数行不明)・・・する事は出来ぬとて東京より牧師を聘し 当分児玉氏宅を教会堂に充て 日曜日の説教は勿論路傍演説に各戸訪問に大活躍を開始すると目下其準備中だ 両派共其信ずる道に忠実なのは感謝に堪えぬがまず未信者を救済する前に滅び行く御互の基督教信者を救ける方が急務だらう(原文のまま−引用者)

 この記事は、大正5年に東洋宣教会(大正6年に日本ホーリネス教会と改称)が野付牛に進出してきて、すでに当地で布教を進めていたピアソン牧師の日本基督教会との間で摩擦を生じたことを揶揄した内容で「児玉氏」という名前が二度でてくるのですが、これは児玉兼次氏と見て間違いないと思われます。(「ホーリネス教会」については、ニュース60号を参照してください。)
◇児玉兼次氏はホーリネス教会の有力信者だった。
 『北見教会史年表 1900年〜2000年』の大正5年「キリスト教界」の項に、「ホーリネ(ス)教会野付牛教会設立」とあるのと、上の記事で「当分児玉宅を教会堂に充て」という部分が時期的に一致します。また同年表で「1917(大正6)・9・18 ホーリネス教会成立満1周年記念伝道会を児玉待合洋館で開く」とあるのも、待合の経営者である児玉兼次氏がホーリネス教会の有力信者であれば当然のことでした。
 同年表110ページ以下の「会員異動」を見ると「1914( 3) 召 天 8/2 児玉愛子(3才)」とあるのは、兼次氏の除籍にある大正2年(1913)1月5日に生まれ、大正3年7月31日に死去した二女の「愛」さんのことと思われます。ですから、最初は児玉兼次氏も日本基督教会に属していたのが、大正5年以後はホーリネス教会に参加したと見られます。
 昭和7年(1932)6月4日付『北見毎日新聞』に「栄えの御国に/御霊は往く/故土屋良子夫人葬儀」という見出しの、次の記事を見つけました。(次ページはその記事の複写です。)
 「野付牛町大通東二丁目土屋與作長女故良子夫人のお通夜は昨日午後八時から同家で開さ『北見毎日新聞』記事れた 山本牧師司会の下に聖歌を合唱し黙祷して佐藤猪之助氏の感話あり故人の愛歌や牧師の祝祷で式を閉ぢられた/本日の葬儀は午後一時から西田喜一氏司会 土屋氏令妹の奏楽で聖歌を合唱し司会の辞、履歴書朗読し聖書を読み村川易知、後藤友太両氏の祈祷あり聖歌を合唱し山本福音使の説教、会衆の聖歌あり、ホーリネス教会児玉代表、日基教会佐藤代表、東校同窓生代表、友人代表吉野氏有志等の弔辞あり 新井三之助氏弔電を披露し 告別の聖歌を低唱頌栄あり 挨拶を以て出棺した(後略)」
 ここで説教をした山本牧師は前掲の『北見教会史年表』に該当する人物はなく、以前に日本ホーリネス教団から頂いた資料にある、1931年(昭和6)4月から1934年(昭和9)12月頃まで野付牛の牧師を任命された山本岩次郎氏でしょうから、この葬儀はホーリネス教会信者によるものと考えて良いでしょう。ご覧のとおり、ホーリネス教会代表は児玉氏になっています。
 では、日本基督教会代表として佐藤猪之助氏の出席は何故かということになるのですが、それは野付牛においては基督教系の信者が少数派であったことに起因していると思われます。
◇野付牛でのキリスト教・仏教大論争
 これも大正6年(1917)10月20日付『釧路新聞』に「野町の黄白神聖戦争/釈迦と基督とが大道で相罵り合ふ/仏徒の応戦振りはいかにも北見式」という見出しの記事があります。
 「町勢発展の顕著を以て聞える野付牛町丈けあつて昨今は宗教界迄も頗る活気を帯び来り仏、耶の両教/◇連日連夜火花を散らして戦って居る 町民は留守第七師団の諸兵連合演習以上に興味を以て是れを迎へ  中には敵味方の両方に油を注ぐ悪戯者もあるから  大道の舌戦始と白熱を呈し来り  あわや掴み蒐からん形勢を示す事さへ珍らしくないと云う、耶蘇教側の路傍布教は今日此頃に始まつたのではないが  仏教は去る九月下旬共進会開催の際  無料休憩所を設け /◇協同説教を試みたるに始まったのだ 是れ以来仏教とて決して寺院説教にのみ限らず時々停車場前其他道路の一隅に高張提灯を樹てて法衣姿の坊さんが声を枯らして地獄極楽を説き立てる様になつた、耶蘇教には米国宣教師ピヤソン氏の統轄する日本基督教並に東洋宣教会聖教団等があるが 此の聖教団に池田長十郎なる牧師が来任して此頃盛んに/◇偶像攻撃を始めたので従来大道説教は耶蘇の専売位に高を括つて居た仏教側も余りの激しき・・・(綴りの関係で数行不明−引用者)・・・谷派、中里日蓮宗等の面々何を生意気なりと斗(ばかり−引用者) 牆内の閲争を中止して一斉に耶蘇攻撃の大挙伝導を開始した 殊に佐伯禅宗の如き/◇流石禅宗坊主丈けあつて 近寄らば撲り倒しも為兼ねまじき気勢物凄く 夷教、邪教などに此の野付牛を荒らされては本山に対して申訳がないと斗り 大童となつて奮戦大に努めている 場所によつては佛、耶両者の説教が僅か十間と隔らぬ所もある 神は一人である 偶像何者ぞと罵れば 声に応じて/
◇洋夷の邪教は神州を
すと斗り法衣の袂を押し巻くつて切歯扼腕する、是れを取囲んだ野次は坊主シツカリ、耶蘇負ケルナツと唆しかける 耶蘇の戸別訪問の後からは必ず坊主が押掛ける、野付牛の宗教界は佛、耶両教掴み合ひの態だ」
 池田牧師が路上で厳しく仏教批判をしたのに反応して、危機意識を持った高台寺住職を先頭に野付牛のお寺がキリスト教批判連合を組んだということです。これに対して日本基督教会とホーリネス教会も次第に連携を深めたのでしょう。先の『北見教会史年表』を見ても、大正11年(1922)以降には「ホーリネス教会と連合拝礼を行う」等の記述を見ることができます。ちなみに大正10年頃の日本基督教会、ホーリネス教会の信者数は合計して140名余でした。(続く)

《中庭だより》☆8月29日、佐賀県鹿島市から、戦前の代議士で中山正男の小説『馬喰一代』の「小坂六太郎」のモデル=尾崎天風のご親戚、森直氏が来室されました。常呂の尾崎家の墓参りをされ、温根湯にあった尾崎の屋敷跡地(現在は大江本家の敷地)も見てきたそうです。

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