ヌプンケシ6号

北見市企画部(市史編さん担当) 〒090-8501 北見市北5条東2丁目 TEL0157-23-7111(代)


市史編さんニュース NO.6
タイトルヌプンケシ
平成13年8月15日発行

 前回に引続き「街並の移り変わり」について、レポートします。
      
◎北見の街並(2)  画像天気は晴れかな?くもりかな?
 下記の概略図は大正3(1914)〜5(1916)年頃に野付牛です。明治時代の屯田市街地は旧市街地と表記され、駅前の新市街地に中心地が移ったことがわかります。
 図の左から横に潅漑用水の点線が走っています。これは屯田兵が明治34年(1901)11月下旬から明治35年1月下旬まで現留辺蘂町宮下の無加川から、端野町一区で常呂川に注ぐ全長8里(32キロメートル)の大潅漑溝を開削したもので、大正に入ってからの米作を支える基盤になりました。明治40年(1907)北海道地方農事試験場北見分場が設置され、明治42年6月には国費の北海道農事試験場北見支場に昇格、当地の農業振興に大きく貢献しました。
 明治43年(1910)9月に池田〜淕別間に鉄道が開通したのをうけて、「道庁では今の大通り東六丁目以西北六条まで九百五十戸を区画した。すなわち中央道路(国道三十九号線)を大通りとして一条から六条まで東は六丁目、西は六丁目から中央道路に至るまでの街路を開さくしたのであった。なお、これよりさき、野付牛駅(北見駅)の位置が決定すると共に兵村二区の一部で撤去移転のやむなきにいたったものもあった。」(旧『市史』より)この区画が、現在の条丁目による街並の基になっているのです。
大正3

 同年明治43年10月には、野付牛駅に鉄道工事のための建設列車が入り、沿線の住民が見物に押しかけ、空前の大混雑になったといいます。その後、「ハッカ景気」に沸く野付牛のうわさを聞き、この建設列車に乗って、一旗あげようと商人、農民もやってきました。現西2丁目の3条から4条の一画に、料亭「梅の家」が創業したのも同じ年でした。
 明治44年(1911)9月、池網線淕別〜野付牛間、10月には旭川〜野付牛間名寄廻り列車が開通したことで、網走港が閉鎖される冬期間に関係なく、常に野付牛が中央と物流でつながることになり、これが地域経済発展の大きな力になりました。
 大正3年(1914)第1次世界大戦が始まると、戦場になったヨーロッパに食料を供給するため、雑穀ブームが起き、ハッカ成金に続き、豆成金も続出しました。            画像豚にてんてんてん

 明治44年嵩鶴彦医師が村医を辞し、独立して大通り西4丁目に医院を開設したのが開業医の先駆けで、同年10月には2条東4丁目に最初の総合病院として野付牛病院が開院し、翌年2条東1丁目に移転しました。鈴木三郎氏が書かれた『歴史の散歩道』によれば「大正時代から昭和初期にかけて、(2条通りのー引用者)ほぼ東2丁目から西5丁目まで病院、旅館が主となって新しい市街地が形成され」ました。野付牛は管内一の「病院の街」となり、交通不便な地方から来た患者を目当てにした旅館が開業したようです。
 2条西2丁目に以前よりあった北盛座を大正5年(1916)改修して、北見劇場ができ、大正8年には2条西3丁目に劇場友楽座が開館する等、管内の娯楽の中心にもなりました。 この鉄道網の発達と農業の発展を背景に、駅前に市街地が形成され、医療施設、旅館が集中、飲食店、映画館など娯楽施設も集まり、当市が発展してきた原型が見えます。
◇謎の遊郭予定地 画像きつね
 略図では、三楽町あたりに遊郭予定地がありますが、旧『市史』によると新市街地区画後、山下町の区画割も行われ、「当時の村会で遊郭設置の必要性が議され、満場一致でこれが可決になりその場所を山下町に決定したのだった。だがしかしこの遊郭設置問題もその頃の下町(今の大通り東旧市街)にあった料飲店街の業者たちの猛反対に遇い、ついに立ち消えとなってしまったとありますから、その後の妥協案としてできた予定地かも知れません。現『市史』年表編を見ると、大正に入って繰り返し道庁に遊郭設置の陳情がなされていますが、ピアソン夫妻らの廃娼運動もあって結局設置はされませんでした。ちなみに、網走遊郭は明治25年からあり、27年公娼街として政府の許可を受けています。画像シャミセンひくひと

《中庭だより》画像黄色のはな
☆8月1日、加藤写真舘社長加藤利次氏から大正15年発行の貴重な『野付牛町誌』1冊をご寄贈頂きました。いつも、ありがとうございます。
☆7月30日から8月5日、SL銀河号がふるさと銀河線を走りました。試験走行は7月25日に始まり、8月5日まで、企画部あげて路線警備につきましたが、北見発展の大きな力となった旧池北線に力強い機関車の姿を見て、昔の人々の感動を思い、筆者も感慨深いものがありました。
                         画像きかんしゃ
☆8月13日から、デスクが本庁1階、中庭に面した部屋に移りました。そこで、このコーナー名も「窓際だより」から「中庭だより」に変更となりました。9月3日、「市史編さん事務室」正式設置に向けて、現在準備中です。画像ねずみとチーズ
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