ヌプンケシ194号

北見市総務部 市史編さん主幹  〒090-8501 北見市北5条東2丁目 TEL0157-25-1039

市史編さんニュース NO.194
 タイトルヌプンケシ
平成22年7月1日発行

◎きたみ写真ことはじめ(4)
◇留辺蘂の写真館
 前号に引続き、昭和57年(1982)8月発行の『全北見写真師会創立20周年記念誌』で、留辺蘂町秋山スタジオの秋山登氏がまとめた「北見地区郡部の沿革」の内から、留辺蘂自治区における写真館の部分を転載して、移り変わりを見てみましょう。
 「留辺蘂町
 長井写真館:長井伝次郎 愛媛県出身、大正3年に元町郵便局前にて最も早く開業したと伝えられている。大酒豪の異名をとり、昭和の初めに渡部作蔵に写真館をゆずる。
 渡部写真館:渡部作蔵 札幌下野の弟子。佐呂間町出身で筆者の義兄。渡部は昭和初め長井写真館跡を引き継ぎ、同18年頃まで東町で営業したが、昭和11年には当時近代的だったダブルスランド(ダブルスライドの誤記?−引用者)方式で、町内でも目立つ立派なスタジオを建築した。一時戦中のため休業の止むなきに至ったが、同23年より再開業し、同34年まで営業を続け、閉業し神戸へ転居。83歳で健在である。
 松井写真館:松井秀雄 置戸佐久間写真館から独立して、昭和8年から13年まで営業を続けたが、雄武に転出。現在に至る。
 加藤写真館支店 昭和11年春頃、現在美幌町で盛業中の東頭宏典が、北見の加藤写真館二代勝次郎の許で修業を終え、同町仲町で支店の館主として開業したが、昭和13年美幌町へ転出現在に至る。
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 石田写真館 戦中昭和17年頃、仲町拓銀前にて開業するも、大火にあう。再建したが胸部疾患にて逝去した。
 工藤写真館:工藤清 札幌豊平森田写真館の門下で、昭和22年上町役場前にて開業。健康が優れず、昭和28年スタジオを廃止、D.P.E.専門店として現在に至る。
 佐々木写真館:佐々木昌信 昭和24年、遠軽町より仲町に開業。同26年の仲町大火にあい、再建するも約1年で札幌月寒に転出。同地にて営業している。
 東條写真館:東條三郎 仲町にて女満別合田写真館支店館主として開業。その後独立するも、昭和38年頃逝去した。
 現会員の秋山登、木田切(誤記・小田切—引用者)章については会員名簿参照。
 温根湯
 安藤写真館:安藤嘉雄 
東京写真専修学校を卒業後、昭和初めより2条通りで開業。オリエンタル方式のスタジオを建て、同窓であった北見の三宅保次と名コンビで良い写真の製作に専念した。昭和34年、病を得て惜しまれつつ逝去した。
 清水写真館:清水正之 北見の三宅保次の一番弟子であったが、安藤嘉雄没後、写真館を引き継ぎ開業した。以来盛業を続けたが、昭和46年10月1日付けをもって、札幌市の森田写真場の要請によって同社総支配人となり、同時に全国的にも素晴らしいリーダーとして縦横の活躍をしている。

 現会員岡田寛については、会員名簿を参照。」その会員名簿は前ページにあるとおりです。
 端野自治区については、この『記念誌』に記述はありませんでした。端野は野付牛に近いこともあって、写真館を開業する必要性がなかったためと考えられます。
◇アマチュア・カメラマンの出現
 これまでプロの写真師のことについて書いてきましたが、北見で最初のアマチュア・カメラマンと目される人物については、昭和61年(1986)6月発行の『歴史の散歩道』の「オーロラカメラ会」の項で、松本倭左男氏が次のように紹介されています。
 「松本倭左男が小樽から野付牛へ来て、薬屋『弘仁堂』を継いだのは大正十年三月でした。にれやどろの巨木が生い繁り、人力車が走り、活動写真小屋の前にはのぼり旗の立つ当時の街に、松本はイギリス製の単車トライアンフを走らせ、カメラを持ち、スキーにも乗るという、いかにも大正のモダンさを地でゆくというような人でした。
 それまでは、一般には写真材料をあつかう人がいなくて、写真といえば専門の写真師の手によるものばかりでした。松本の世話で一般にも写真材料が手に入るようになり、アマチュア中心の『オーロラカメラ会』が生れたのは、大正十一年秋のことでした。第一回作品展を鉄道クラブで開き、また『みどり会』という美術グループとも交流をしておりました。」
松本倭左男氏写真 同氏の経歴については、昭和35年(1960)3月発行の『奉祝北見』で次のように紹介されています。
 「北見市北一条西一丁目/松本倭左男氏/明治三十年一月二十五日生/出生地 新潟県 新津市/父 茂里衛の四男/家族 六名/職歴 薬剤師、大正十年四月北見市に薬局開設今日に至る/公職 北海道薬剤師協会北見支部長、北見消防副団長、北海道計量器商業組合理事/趣味 写真 銃猟 釣魚 日本舞踊」
 左は『奉祝北見』に掲載されている写真です。
 松本氏はご覧のとおり多彩な趣味を持っていたようですが、やはり一番は写真です。お亡くなりになったのは昭和61年(1986)2月27日で、享年89歳で、それまで駅前の薬局を経営されていました。
 前の特集「上杉病院のことから」で紹介した邨瀬汎氏は、松本氏と同業の薬剤師でしたから、お二人は友人だったかもしれません。それを示唆するように、邨瀬氏のお孫さん=久永さんのお便りでは、昭和2年(1927)10月29日付の上杉院長が邨瀬氏にあてた手紙にも「松本君はビルディングに(店を−引用者)出し候」云々と、倭左男氏らしい名前も出ているそうです。
 邨瀬汎氏が野付牛アマチュア・カメラマン先駆けのお一人であることに間違いありませんので、久永さんに確認しましたら、新しい事実が分かりました。それは次号のお楽しみ。(続く)

《中庭だより》☆読者から、前号1ページ下の引用文中「関東大震災のあった大正13年」とあるのは「大正12年」ではないか、とのご指摘を受けました。確かに大震災は「大正12年(1923)9月1日」に起きました。引用文の間違いがそのまま載った例で、注釈が必要でした。(反省)

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