「ところ遺跡の森」便り【2021年4月~】

 「ところ遺跡の森」便りは北見市常呂自治区内で『広報きたみ』に折込で配布されている社会教育情報内に毎号掲載しているものです。
 イベント案内をはじめ、考古・自然など「ところ遺跡の森」に関連する情報を毎月お届けしています。
 (毎月初め更新予定。ここに掲載したものは、写真・文章は当初掲載時のものから一部変更している場合があります。)

以前の記事は以下のリンクからご覧ください。

2021年8月号 発掘現場見学会と復元竪穴住居完成のお知らせ

 今年も8~9月にかけて、東京大学考古学研究室により常呂の遺跡の発掘調査が行われます。これに合わせて、発掘現場の特別公開を実施します。
 また、ところ遺跡の森で昨年度から実施していた復元竪穴住居1棟の再建工事が完了しました。今回の発掘現場見学会では、この新しい復元竪穴住居にも合わせてご案内いたします。
 感染症拡大防止対策のため、人数や時間を限定しての実施となりますので、参加をご希望される方は以下の要領でお申し込みください。

〇日時:8月28日(土)
 1午前の部10:30~12:00、2午後の部14:00~15:30 ※各回、内容は共通です。
〇集合場所:常呂総合支所前
〇定員:各回5名(先着順)
〇申込:8月3日(火)9時より受付。
 ところ埋蔵文化財センターまで電話(0152)54-3167にてお申し込みください。

 集合場所から会場までは車にてご案内します。歩きやすい靴・汚れてもよい服装で、虫よけ対策をしてご参加ください。なお、荒天の場合は中止となります。

新築された復元竪穴住居の写真

【新築された復元竪穴住居】

2021年7月号 常呂遺跡と文化財保護~消滅の危機にあった常呂遺跡

 日本で史跡を保護する法律(史蹟名勝天然紀念物保存法)が成立したのは大正8年のことです。史跡保護の制度には約100年の歴史があることになります。ちょうど100周年となる令和元年度から今年度にかけては文化庁による記念事業も行われ、記念切手の発行などもあったようです。
 現在、常呂遺跡は国指定史跡となっていますが、史跡指定されたのは法律ができた年に比べてずっと時代が新しく、昭和49年3月のことになります。とは言え、遺跡の存在は少なくとも明治時代のころには知られており、竪穴住居跡の残る場所として記録がされていました。昭和32年には東京大学文学部考古学研究室により本格的な調査も開始されています。
 常呂遺跡が史跡に指定されたのは、遺跡が破壊の危機に瀕したことがきっかけでした。昭和40年代、この地域にも開発の影響が及び、常呂遺跡の一部である「常呂竪穴群」の地区で土砂採取が行われ、遺跡の一部が掘り崩されてしまいました。このことがきっかけとなり、調査を行っていた東京大学を中心に遺跡を正式に保存しようという声が上がりました。こうした経緯があって、常呂遺跡は国指定史跡として保護されることとなったのです。
 写真は「常呂竪穴群」の土砂採取場から回収されたと伝わるもので、高さ約60cmある、かなり立派な続縄文時代の土器です。一昔前までは、常呂のあちこちで時折、こうした土器が見つかっていたといいます。

常呂竪穴群出土と伝わる土器の写真

【常呂竪穴群出土と伝わる土器】
続縄文時代前半期、紀元前3~2世紀ころに作られた土器。いわゆる「埋甕」として地中に埋納された土器と考えられます(「ところ遺跡の館」にて展示中)。

2021年6月号 遺跡の森のキビタキ

 遺跡の森では数多くの野鳥が暮らしています。暖かい地方で冬を越した鳥も5月頃から北海道に帰ってきており、あちこちでさえずりを聞かせてくれるようになりました。遺跡の森ではこうした夏鳥の中でも、センダイムシクイ、アオジ、ヤブサメなどの声をよく耳にします。
 キビタキはそうした夏鳥の1つです。幼鳥やメスは褐色の地味な姿をしているそうですが、成鳥のオスは黒い頭・背と黄色い胸のコントラストが鮮やかな姿で、さえずりの美しさでも知られています。キビタキのさえずりは「ピッコロロ」とか「オーシツクツク」などと表現されることがありますが、こればかりは実際に聞いてみないとよく分からないと思います。遺跡の森にいる夏鳥の中ではひと際高い音でさえずることが特徴です。
 さえずりは縄張りを主張したり、メスを呼んだりするためのもので、繁殖期の夏だけに聞くことができます。毎年歌い始めの5月中頃から聞いていると、不完全なさえずりからだんだん調子が整っていくのが分かります。鳥によってさえずりの音程に違いがあったり、途中で調子がくるったりすることもあるようです。キビタキの中にも、歌の上手・下手があるのかもしれません。

キビタキの写真
キビタキ(オスの成鳥)

 以下のページでは、遺跡の森で録音されたキビタキのさえずりを聞くことができます。どのように聞こえるでしょうか? 実際に聞いてみてください。

2021年5月号 復元竪穴住居建て替え工事のお知らせ

 ところ遺跡の森では、老朽化した復元竪穴住居の建て替えを平成28年度から順次実施してきました。今年は擦文の村で、昨年解体撤去した復元竪穴住居がいよいよ建て替え工事に入ります。
 擦文の村にはすでに建て替えを実施した大型住居がありますが、今回はそれに近接する位置に一回り小さい住居を建てるかたちとなります。
 ところで、遺跡の森の復元竪穴住居は全て国指定史跡の範囲内に建てられています。国の法律で保護されている遺跡であることから、住居を復元するにも様々な制約があります。たとえば、復元竪穴住居は実際に住居跡のあったのと同じ場所に建ててはいますが、当時の住居の床面に直接建てることはできません。せっかく残されていた住居跡を損壊してしまうためです。このため、実際の住居跡の上を土で覆って、その上に復元竪穴住居を建てています。復元建物を建てても、地中の遺跡は守られるようになっているわけです。
 今回の復元竪穴住居は6月末に完成する予定です。工事中、見学者の方にはご不便をおかけする場合もあるかと思いますが、ご協力をお願いいたします。

工事の準備が始まった擦文の村の様子
工事の準備が始まった擦文の村

 以下のページで工事の進行状況をご紹介しています。

2021年4月号 トコロチャシ跡遺跡群の整備計画

 トコロチャシ跡遺跡群は常呂川東岸の台地上にある遺跡です。アイヌ文化期のチャシ跡、オホーツク文化の竪穴住居跡をはじめ様々な時代・文化のものが発見されており、「常呂遺跡」の一部として国の史跡に指定されています。しかし、通路や案内板等がなく不便な状態のため、北見市ではこの遺跡の活用のための方策を検討してきました。
 そして令和3年度から、いよいよこの遺跡の整備を開始することとなりました。整備工事の中心となるのはアイヌ文化期のチャシ跡とオホーツク文化の竪穴住居跡です。
 特にチャシ跡については復元的な整備を計画しています。「チャシ」とはアイヌの人々が造った砦(とりで)であり、戦いだけでなく、儀式や祭りの場としても使われたと考えられています。トコロチャシ跡では発掘調査で当時の建物跡こそ見つかっていませんが、発掘調査の成果から柵や入口となる橋があった可能性が指摘されています。今回の整備ではこうした柵や橋を復元し、アイヌの人々が暮らしていたころのチャシの姿を再現する予定です。北海道では各地にチャシ跡が残されていますが、こうしたかたちで復元整備が行われるのは珍しいことです。
 整備は令和3・4年度の2年度をかけて実施される予定です。一般公開が可能となるまで、まだ時間がかかることとなりますが、工事の完成まで、いましばらくお待ちいただければと思います。

トコロチャシ跡の整備イメージ図
【トコロチャシ跡の整備イメージ図】 ※計画段階の図面のため、最終的な設計とは異なる可能性があります。

「ところ遺跡の森」の関連ページ

お問い合わせ
北見市教育委員会社会教育部
ところ遺跡の森
郵便番号:093-0216
住所:北海道北見市常呂町字栄浦371番地
電話:0152-54-3393
FAX:0152-54-3538
よくある質問のページへ

教育・文化

教育委員会

スポーツ

青少年

生涯学習

学校教育

文化施設

姉妹友好都市・国際交流

歴史・風土

講座・催し

図書館