ヌプンケシ29号

北見市企画部(市史編さん担当) 〒090-8501 北見市北5条東2丁目 TEL0157-25-1039


市史編さんニュース NO.29
タイトルヌプンケシ
平成14年8月1日発行

◎「野付牛小唄」の楽譜は?
 7月2日、市民の方から戦前「『国境の町』『赤城の子守唄』などで一世を風靡した歌手、東海林太郎が歌った『野付牛小唄』という歌謡曲を演奏したいが、楽譜はないか」との問い合わせがありました。図書館にも、レコードが保存されている北網圏北見文化センターにも問い合わせたが、楽譜は見当たらないとのことでした。
 当方も手元にある資料、昭和32年発行の『北見市史』を調べたところ、田丸たけし作詞・松田喜一作曲とあり、その歌詞は下記のとおり掲載されていましたが、残念ながら楽譜は載っていませんでした。

野付牛小唄歌詞

梅の家 須磨子写真

 なお、レコードは「野付牛」が題名にあるとおり、今でいう「ご当地ソング」として昭和9年(1934)6月、ポリドールレコードで作られました。作詞の田丸たけし(猛)氏は当時、俳人(田丸柿山寺)としても活躍していた、野付牛女子職業学校の英語教師であり、作曲者の松田喜一氏は同僚の音楽教師でした。当時大人気だった東海林太郎に歌わせたことを考えると、野付牛町を売り出そうとする商工界の意気込みが感じられます。 
 筆者自身は市立図書館に勤務していた時、館所蔵のカセットテープの中に、この『野付牛小唄』があることを確認しており、実際に聞いたこともあります。
 そのほか、平成5年(1993)9月にサービスを開始した「暮らしのガイド」=ミントコールでは、その内容の一つとして「市民が北見に関係する歌や校歌を聞けるようにする」ということで広報担当職員が大変苦心して音源を集めました。そのおかげで、今では電話をかけると、それらの曲を簡単に聞くことができるようになりました。『野付牛小唄』がどんな曲か聞きたい方は(市外の方は市外局番0157をつけて)電話25局0310番でミントコールを呼び出し、続けて『野付牛小唄』のコード番号962を押してください。そうすれば、あの硬質で独特な東海林太郎の歌声と曲が聞けるはずです。  尚、現在は使われておりませんので、北見市のホームページ 〔北見市トップページ>北見の歌・校歌>野付牛小唄 よりお聞きください。
 さて、このように、カセットなど音源はあっても肝心の楽譜が見つかりませんでした。
 そこで、筆者が市史調査員と楽譜の入手方法について検討した結果、作曲者である松田喜一氏の関係からアプローチしていった方が良いということになりました。この点では、管内の校歌を多数作詞した大塚盈氏を、現在調査している前川満夫編集委員に情報を聞くのが一番早いということで、すぐに電話をしたところ、「松田氏のご子息である松田彰光氏が網走に住んでおられる」とのことで、ご本人と連絡を取って頂くことができました。
そして7月5日、松田彰光氏がFAXで送ってくださったのが、下にある楽譜です。

野付牛小唄楽譜 野付牛小唄楽譜2ページ

 このように、一つの楽譜を手に入れるのにも多くの方に協力して貰わなくてはできないことがご理解頂けたでしょうか。それと美術関係と違い、音楽関係では松田喜一氏をはじめとする、地元で創作活動をされてきた作曲家の業績がまとまって記録されていないことも、大変意外でした。これ等の記録、資料の保存も市史にとって大きな課題です。
 なお、これからも市民から問合わせがあることを予想し、同楽譜コピーを市立図書館と北網圏北見文化センターに参考資料として届けておきました。

 《中庭だより》 
☆薄荷工場配置図を調査していた時、元従業員の小山正信氏へお問合わせしたのですが、7月8日、ご自分で記憶する閉鎖直前の工場内設備類を記した見取り図を作成して、当室にご提供くださいました。また、あわせて当時の工場内の様子を記録した写真アルバムも貸してくださいました。7月16日には、前号を読んだ清月社長の渡辺主税氏が息子さんと一緒に、薄荷工場の全景を空撮したカラー写真を当室にお持ちくださいました。いずれも貴重な資料なので、パソコンデータにして保存いたしました。感謝、感激です!
ここで紙面がつきましたので、詳しくは次号でレポートします。それではまた。画像ねこ
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