ヌプンケシ154号

北見市総務部 市史編さん主幹  〒090-8501 北見市北5条東2丁目 TEL0157-25-1039

市史編さんニュース NO.154
 タイトルヌプンケシ
平成20年11月1日発行

◎旧北見市「字名の由来」について(1)

 平成13年度に市史編さん主幹が配置されて以来、旧北見市の「字名(あざめい)の由来」について何回となく各方面から照会がありました。しかし、これに対応すべき担当課に裏づけ資料がないために分からないことばかりなので、当方で各種参考資料をできるだけ掻き集め、推測もまじえてその都度回答してきました。
 ついては、これまで同じような問合せも多いことから、完全ではありませんが、当方の調査で判明したことを総まとめしてレポートし、皆様の参考に供したいと思います。
◇昭和27年8月22日付『北海道公報』から
 北見市の条例等をまとめた文書を『北見市例規類集』というのですが、その旧北見市のもので「字名設定」という項目を見ると、「明治33年 月 日設定」とあり、月日は空白で説明はありませんが、推測するに多分これは土地登記のために字名を設定した年ということでしょう。
 字名改正の一番最初は「大正4年」となっていますが、この年は野付牛村が一級町村制を施行し、置戸・武華村を分村していますので、これらに伴う改正だったのでしょう。
 2番目の改正が「昭和27年8月22日北海道告示第1252号」で、この改正が現在の北見自治区の字名の基本になっていますので、これを見てみましょう。
 昭和27年(1952)8月22日付『北海道公報』5873号に、「〇北海道告示第千二百五十二号/地方自治法第二百六十条第一項の規定により、北見市の字の名称および区域を次のとおり変更し、昭和二十七年八月一日から施行した旨、北見市長から届出があった。/昭和二十七年八月二十二日/北海道知事 田 中 敏 文」との前文に続いて、「変更字名」と「従来の字名および区域」が一覧表で3ページ掲載されています。この一覧表を掲載すると、それだけで当ニュース2回分ほどの分量になってしまいますので、以下要点だけ記しておきます。
 条丁目の部分は、字名が確定する昭和27年8月1日以前は区域が広く、たとえば大通について言えば、昔の地図などを見ると国道沿いに東は13丁目(現在の公園町辺り)まで、西は15丁目(現在のとん田通辺り)までありましたが、各字の区域が整理されて、次のようになりました。

大 通(東9丁目〜西6丁目)/北1条(東6丁目〜西6丁目)/北2条(東9丁目〜西6丁目)
北3条(東9丁目〜西6丁目)/北4条(東9丁目〜西6丁目)/北5条(東6丁目〜西6丁目)
北6条(東4丁目〜西6丁目)/北7条(東4丁目〜西2丁目・西4〜西6丁目)
北8条(東4丁目〜西1丁目)/北9条(東1丁目〜東4丁目)/北10条(東2丁目〜東4丁目)
北11条(東2丁目〜東4丁目)
 ただし、現在では北4・北5・北7条は道路が整備されて西7丁目まで拡張しています。

 次に市街地の字名を見ることにします。なお、括弧内は告示された当時の読み方で、現在とは違うものもありますので、ご注意ください。

市街圖 大町(おうまち)/公園町(こうえんちょう)/高砂町(たかさごちょう)/青葉町(あおばちょう)三楽町(さんらくちょう)三住町(みすみちょう)/東陵町(とうりょうちょう)/中央町(ちうをうちょう)/番場町(ばんばちょう)/北斗町(ほくとちょう)/清見町(きよみちょう)/幸 町(さいわいちょう)/山下町(やましたちょう)/本町(もとまち)美芳町(みよしちょう)/寿 町(ことぶきちょう)/緑ケ丘(みどりがをか)/花月町(かげつちょう)/美山町(みやまちょう)高栄(こうえい)/とん田町(とんでんちょう)/常盤町(ときわちょう)/中ノ島町(なかのしままち)/南仲町(みなみなかまち)/南町(みなみまち)/泉町(いづみちょう)/清月町(せいげつちょう)/桜町(さくらまち)/朝日町(あさひまち)/田端町(たばたちょう)。以上の市街地の条丁目と30町の「従来の字名および区域」の欄をみると、開拓当初の中心市街地であった大通東8・9丁目と大町あたりに「上常呂原野ノ一部」「野付牛市街地ノ一部」「南ノ一部」「北ノ一部」「市街予定地ノ一部」等々の区画地名が見られ、開拓当初、未開地であった場所は「字ナシ」が多いことに気づきます。
 市街地の外縁部は、次の19の地区に分けられ、字名がつけられました。小泉(こいづみ)/川東(かわひがし)/若松(わかまつ)/南丘(みなみをか)/開成(かいせい)/常川(つねかわ)/上ところ(かみところ)/広郷(ひろさと)/北上(きたかみ)北光(ほっこう)/豊地(ほうぢ)/三輪(みわ)/大正(たいしょう)/昭和(しょうわ)大和(やまと)/仁頃町(にころちょう)/上仁頃(かみにころ)/美里(みさと)/北陽(ほくよう)
 外縁部の「従来の字名および区域」は区域が広いために含まれる区画地名も多彩で、たとえば小泉は「野付牛ノ一部、端野ノ一部、野付牛原野ノ一部、上常呂ノ一部、上常呂原野ノ一部、カプイサムルイカノ一部、中野付牛」とあり、他の地区もアイヌ由来の地名などたくさんの区画地名が記載されています。(因みに、上の地図は昭和31年版『北見市勢要覧』のを利用しました。)
◇字名関係資料
 今までも字名関係の資料について、庁内の関係部課に再々問合せしているのですが、いずれも資料はないとのことでした。手持ちの資料では、昭和32年(1957)に発行された『北見市史』の236ページから311ページに外縁部19地区の沿革が記され、そこで少し「字名」に触れられている程度です。この他では北海道新聞北見版で昭和40年(1965)7月20日〜9月2日、27回連載で特集「きたみ六十八町」が組まれ、そこに市街地の字名の由来について言及している部分が少しあります。また昭和61年(1986)6月発行の『歴史の散歩道』にも参考部分があります。
 次回は、それらと新聞等を独自に調査して分かったことを中心にレポートします。(続)

《中庭だより》
☆10月14日、有難いことに端野歴史民俗資料館から当室へ、当市出身の「杉町八重充」が大正11年留学中を理由にした軍役免除の「御願書」類が送られてきました。アジア歴史資料センターの文書検索で発見したとの由。この人物については後日報告します。お楽しみに。
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