ヌプンケシ161号

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市史編さんニュース NO.161
 タイトルヌプンケシ
平成21年2月15日発行

◎旧北見市「字名の由来」について(8)

◇昭和27年第3回北見市議会定例会・議案第24号
 昭和27年(1952)6月27日から29日まで第3回定例会が開催され、議案第24号「字名地番改正について」が北見市長伊谷半次郎から27日付で提出されました。その添付資料「北見市新旧字名対照表」を見ると、指摘された「当用漢字にない」漢字は平仮名になおし、正式に「屯田」が「とん田」に、「上常呂」が「上ところ」に表記されて提案されています。また、前号で紹介した同年5月20日付『北海道新聞』の記事では「部落」扱いであった「兵村三区」=「とん田」が、今後の市の発展を考慮してか、この表では「市街地」のところに分類されています。

◇「とん田」を巡っての質疑応答
 この議会最終日6月29日の議事録を見ると、最初に問題になったのは「とん田」の一部を「本町」に変更可能かということで、似内鉄郎議員と土木課長との質疑応答は次のとおりです。


五番 〈似内鉄郎君〉此の区域については変更出来ないのですか。
番外


 
〈清水藤内君〉区域の変更については議会の承認を得る関係(で)絶対いかんとは言えないが、充分、議員さんからも、お出でを願って各方面から協議をしたのであり 道の方でも、大体纏まってそれで決るのじゃないかという事で、着々印刷している状態にあるので、どうしても変えなければならんという理由があれば別ですが、そうでなければ此の方針の儘にしてもらいたい。
五番 〈似内鉄郎君〉道路一本で町名が変わる。私の所は本町で向い側がとん田ですが、
番外 〈清水藤内君〉お宅さんの向う側はとん田になります。(笑い声)
五番
 
〈似内鉄郎君〉そこであすこは多くの施設があり 又将来多くの施設が持ってゆかれると思う。又あらゆる連絡をとる意味においてまづいと思うので区域の変更ができるのであれば専売公社の所迄を本町に入れてはどうかという事です。
番外
 
〈清水藤内君〉本町の話があったときは、異議なかったと考えますが。此の専売公社迄含めると、当時の兵村三区であり、あすこは市街区を形成しておるので、土木事業所の所を境にして常盤町を作っておるから。
五番

 
〈似内鉄郎君〉それは分かるが、今はいいのですが三年五年後において街の真中でとん田という事であれば住所を見聞したときの感じかたからどうかと思う。それで本町にしておいた方が良いと思う。又範囲が多過ぎるというのなら別の名で此の地域を制定しておけばいいと思う。(後 略)
十二番 〈西川庸次郎君〉専売公社をとん田に入る事は甚だ専売公社としては困るのですが何とか。常盤町か本町に入れて戴く事は出来ないか。
番外


 
〈清水藤内君〉此の中に入れることは実際出来ないが、どうでせう、とん田と言えば昔からの名前で頭にしみ込んでいる関係からそうゆう様に考えたので考え方によっては、何もとん田であるから田舎であるとは考えられないと思います。仮に今後急速に発展する場合においては亦字名地番の追加変更という事も考えられないわけではないから、今のところ非常に苦しい立場にあるので、何卒宜しく了承願いたい。(後 略)
二十六番 〈沢田喜一君〉私は北見はとん田で開けたのだからどうしてもとん田という名を残しておきたいという希望があったと聞いています。(議場騒然)
議長 〈安田貴司一郎君〉議席を離れないでください。
二十六番
 

〈沢田喜一君〉只今の西川議員から個人的苦情を言われたが そんな事は何でもないと思う。実際とん田をという強い希望があったのでとん田にしたと課長が質問のときに、そう言えばいいのに言わないから・・・。

番外
 
〈清水藤内君〉只今沢田議員より忠告を受けて誠に恐縮です。(笑声)実際とん田については、異議が一部にあったが北見の発展はとん田があったが故で、こうゆう関係からとん田という名前だけは特に残しておきたいという非常に強い要望があったので残したのであってその点了承願いたい。(「了承」と呼ぶものあり)。(後 略)
五番 〈似内鉄郎君〉さっきの問題ですが専売公社の所は本町に入らなくていいのですか。(「変えた方がいいね」と呼ぶものあり)。
番外

 
〈清水藤内君〉これは印刷に付しているので、これを改正すると全部是正しなければならないので手数が掛るから、何とか、これでご了承願いたい。(「とん田は常盤町或は本町に入れた方がいいですね」と呼ぶものあり)。それでは道の方え、直るか直らないか折衝してみます。
五番 〈似内鉄郎君〉最善を盡して直してもらいたい。

 この議事録で「とん田」の字名について、「田舎」のイメージが強く、当時一部に反対論があったのに、地域からの「非常に強い要望があったので残した」ことがわかりました。
 また当初計画で「とん田」に属していた専売公社がある地域を本町に編入するように似内議員から要望されたのに対して、清水土木課長は北海道庁との折衝を約束しました。
 その結果についての公文書はなく、同年7月2日付『北海道新聞』「北見版」に「地番の変更、了解つく」との見出しで次の簡単な記事がありました。
【北見】北見市の字名地番改正は三十日(29日が正しい。−引用者)の市議会で議決され、八月一日から実施するべく出札、道と折衝中の清水土木課長は一日帰北したが〈住民の要望を容れて『屯田』(旧兵村三区)は『屯田町』に、また『広里』(旧上常呂高台)は『広郷』に変更することに道庁の了解を得た〉と語った。
昭和39年4月発行の『北見局内住居戸別明細図』 この記事では似内議員から要望された区域変更については何もふれていません。しかし、昭和32年(1957)発行の『躍進北見の全貌』に記載された「日本専売公社北見出張所」の住所は「常盤町407」となっており、また昭和39年(1964)4月発行の『北見局内住居戸別明細図』の「北見市街図(索 引)」(右図)を見ると常盤町が変則な形状になっていますから、最終的に専売公社付近は「本町」ではなくて「常盤町」に編入されたということが確認できました。
 この記事で「とん田」が道との交渉過程で「とん田町」になったこともわかりました。これも「町」という字を加えて「田舎」というイメージを打消す対策だったと推察できます。このように様々な経過があって、字名と区域が設定されていったのです。(続)
《中庭だより》
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