ヌプンケシ112号

北見市総務部 市史編さん主幹  〒090-8501 北見市北5条東2丁目 TEL0157-25-1039

市史編さんニュース NO.112
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平成18年1月15日発行

◎B級戦犯 平手嘉一大尉(4)
◇BC級戦犯裁判
 戦争犯罪のB級・C級の区分については、「通例の戦争犯罪(戦争の法規または慣例の違反)」
=B級、「人道に対する罪」=C級とされたことは、当連載の(1)にも書いたとおりですが、しかし実際にはそこまで厳密に区分して、裁判したわけではなかったようです。つまり、第2次世界大戦後、アメリカ、イギリス、オーストラリア、フィリピン、フランス、オランダ、中華民国の連合国各国が、それぞれ独自の法令を根拠として、アジア各地で実施した日本人戦争犯罪人の裁判を、「BC級戦犯裁判」と総称しているのが、事実だそうです。
 「昭和20年12月15日付『朝日新聞』東京版は、連合軍法務部長カーペンター大佐談として、『犯罪者に三種』という見出しをつけて、次のように書いている。『B級というのは山下、本間将軍のごとき軍指導者を指し、C級というのは殺害、虐待、奴隷行為などの犯罪を実際に行った者を言い、A級というのは、
tizu3東条首相のような政治指導者を指し、これについての裁判は、キーナン首席検事がこれにあたる』。」(『法廷の星条旗』より)
 このカーペンター大佐の談話で、平和に対する罪を犯した者がA級、通常の戦争犯罪を犯した軍指導者がB級、実行者がC級ということになり、その後の具体的な裁判の報道により、一般には通常の戦争犯罪を犯した者を地位に応じて、B級、C級と呼ぶようになったようです。捕虜収容所長であった平手大尉は「通常の戦争犯罪を犯した軍指導者」=B級戦犯として裁かれわけです。
 その裁判は日本国内では横浜だけで行われましたが、その他は「中国各地、台湾、東南アジア諸地域、ニューギニアとその周辺の島々、オーストラリア、グアムとクエゼリンに広がっている。イギリスだけで計20か所で裁判がおこなわれている。特にマレー半島だけで14か所にのぼっており、これは犯罪地に近い場所で裁く方針が採られた結果である。オーストラリア9か所,オランダ12か所、中国国民政府10か所、アメリカ5か所、フランス、フィリピンは各1か所、中華人民共和国は2か所、合計のべ60か所にのぼる(ソ連を除く)。重複を除くと計51か所である。」(林博史著『BC級戦犯裁判』より。右図も同書より転載。)

◇起訴された5,700人
 BC級戦犯容疑者とした逮捕された者は2万5千人をこえ、立件されたものは2,244件で、起訴された人数は5,700人だそうです。(いずれも、ソ連・中華人民共和国分を除く)
起訴事実別件数
項    目  



 計
 ア
 メ
 リ
 カ
 イ
 ギ
 リ
 ス
 オ
 |
 ス
 ト
 ラ
 リ
 ア







 ィ



  
 
件     数 2244 456 330 294 448 39 72 605
人     数 5700 1453 978 949 1038 230 169 883
俘虜の殺人,虐待,虐待致死(A) 3413 1578 544 857 231 132 16 55
抑留者の殺人,虐待,虐待致死(B) 214 5 17 59 124 4 3 2
非戦闘員の殺人, 虐待, 虐待
  致死,不当逮捕拘禁(C)
4389 357 1114 194 1243 236 242 1003
俘虜への救恤品横領 71 67 2   1     1
作戦に直接関係する軍事作業強制 59 24 6 8 2 5 1 13
死体遺棄,冒,埋葬妨害など 292 189   30 53   1 19
人肉食 29     14     15  
売春強制,婦女誘拐 36 1 1   30     4
強かん 143 35 1 1 10 2 45 49
不法軍法会議処刑 13     11       2
休戦協定違反 13       12 1    
財物略取,破壊,焼却,物資
  強制徴発
450 93   6 17 32 41 261
労務強制,労工強制徴用,強制徴兵 44     2     3 39
民衆圧迫,民衆追放など 14   1         13
思想麻痺,毒化,奴隷化 29             29
アヘン販売 20             20
賭博場開設 3             3
毒ガス使用 1             1
無防備地区爆撃 1             1
主権潜奪,内政破壊,経済攪乱など 13             13
侵略戦争助長 28             28
   俘虜への犯罪の比率
   (A/A+B+C)(%)
42.6 81.3 32.5 77.2 14.5 35.5 6.1 5.2
   非戦闘員への犯罪の比率
   (C/A+B+C)(%)
54.8 18.4 66.5 17.5 77.8 63.4 92.7 94.6
(出典)  法務大臣官房司法法制調査部『戦犯裁判概史要』267-268ペー
  ジの表を組替え.

(注) その他としては,「侮辱行為」「情報収集妨害」「接収妨害」「利敵
  行為」「脅迫」などがある. 1人当たり複数の容疑で起訴されている
  ので,起訴事実の合計は被告人数より多くなる.

 起訴事実の内訳は、前掲書から転載した右表を参照してください。捕虜虐待が「BC級戦犯」では主なものに一般では受け止められていますが、それはアメリカが管轄した「横浜裁判」の印象が強いためで、植民地を持っていたイギリス、オランダ、フランスなどでは「非戦闘員への犯罪行為」に対する起訴の方が多いのが分ります。現地住民を直接弾圧した憲兵が、戦犯に多かったのもそうした関係です。それらの政府は日本軍の戦争犯罪を厳正に処断し、自分たちの植民地支配を正当化しようとした側面もありました。
 表で奇異に感じられるのは、オーストラリア、フィリピンで「人肉食」があげられていることだと思いますが、大岡昇平が小説『野火』に書いたように、補給線を考えない軍部の無責任な現地調達方針の果てに食糧が無くなって、しかも「戦陣訓」に呪縛されて投降も出来ず、そんな畜生道に突き落とされた日本兵が多数いたのです。
 「毒ガス使用」も1件しかありませんが、事実は中国大陸の戦闘で相当使用されており、現在でも敗戦時に現地で埋め隠した毒ガス弾の被害が出て、その処理が日中間の問題になっているほどです。これも中国が内戦で混乱していたために、立件できずこうした数字になったということでしょう。もし、中国で内戦がなければ、もっと厳しく戦犯の追及が行われたことと思われます。
 裁判は昭和20年(1945)10月から昭和26年(1951)4月までアジア各地で行われ、その判決結果の内訳は、法務省の調査で死刑984人(執行920人)、無期刑475人・有期刑2,944人、無罪1,018人、その他(起訴取下げ・公訴棄却・判決不承認・病気帰国・逃亡・結果不明)279人となっています。各種資料を見ると、各国で数字が違うとのことで、これらも概数と受け止めた方が良いようです。事実誤認で無実の人が処刑された例もあったようです。それと、この有罪判決の中に朝鮮人・台湾人が多数いたことは忘れてはならないと思います。日本もかつて植民地支配をしていた責任を否定できないからです。
 こうした戦争犯罪を引き起こした最大の原因は、戦争中の日本軍による国際法無視であったことは明白です。日本政府はジュネーブ条約の「準用」を表明していたものの、占領地で軍政を布いていた陸海軍は積極的に国際法を遵守しようとしませんでした。まして、一般兵士は戦争に関する国際法を学習する機会はなく、昭和16年(1941)1月8日に時の陸軍大臣東条英機から示達された「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」という『戦陣訓』により、捕虜は生きる価値のない者となり、自他共に「捕虜」の命を軽視する行動をとるようになりました。これらについては、次号で報告してみたいと思います。(続く)

《中庭だより》
☆新年になって半月、毎日の除雪お疲れさまです。その間、劇団四季が戦犯問題を題材にした「ミュージカル南十字星」の制作過程や、731部隊石井四郎中将の戦後の日記が発見され、戦犯になることを強く恐れていたこと等がテレビ報道されていました。色々考えさせられました。
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