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姉妹都市提携55周年記念事業として、エリザベス市訪問団を7月16日~21日の日程で受け入れし、芸術・文化交流、教育交流、民間団体同士の交流などを計画しています。
※右写真は令和元年度に行われた姉妹都市提携50周年記念グリーンコンサート
北見市とエリザベス市の姉妹都市締結は、北見市に在住した最初の外国人であるジョージ・P・ピアソン宣教師の出身地がアメリカ合衆国ニュージャージー州エリザベス市であることから、昭和38年に滝野啓次郎北見市長が、トーマス・G・ダン エリザベス市長に姉妹都市締結の意向を打診したのが始まりです。
その後、昭和44年6月12日訪米中の市職員村田浩氏を介して、エリザベス市役所にて姉妹都市提携の盟約書を交換して以来、本年で姉妹都市提携55周年を迎えます。
アメリカ合衆国の北東部、ニュージャージー州の大西洋岸に位置する人口約13万7千人の都市で、ニューヨーク市から車でおよそ30分の距離にあります。
ニュージャージー州で最も古く歴史ある都市で、世界最大級の規模を誇るコンテナ船の港湾施設があり、産業は製造業、食品加工業とサービス、小売業が中心で市内には州内最大のショッピングモールがあります。
| 1963. 6 | 滝野啓次郎北見市長が、小池創造氏留学渡米の際に、ピアソン氏の故郷エリザベス市に対して敬意と感謝をこめたメッセージを依頼。 |
|---|---|
| 1968.9 | ダン・エリザベス市長から姉妹都市提携受諾の文書到着 |
| 1969. 6 | 訪米中の市職員村田浩氏を介して姉妹都市提携の盟約書を交換。 |
| 1970. 4 | 最初の公式代表として、伊藤元一郎氏をエリザベス市に派遣。 |
| 1971. 8 | エリザベス市の代表としてホーレス・B・シミ夫妻が初めて来北。 |
| 1976. 8 | 北見市開基80年記念式典に、エリザベス市長代理として保健福祉住宅部長ジョン・サーメイ夫妻が出席。 |
| 1976. 9 | 親善訪問団および北見交響吹奏楽団がエリザベス市訪問。 |
| 1979.10 | 姉妹都市提携10周年記念公式訪問団4人をエリザベス市に派遣。 |
| 1985.11 | 第3回北見市青年ジェット研修団26人がエリザベス市訪問。 |
| 1990. 9 | 北見商工会議所50周年記念北米経済視察団がエリザベス市訪問。 |
| 1991. 6 | 北見市開基95年・市制施行50年記念式典に、姉妹都市副委員長ジョン・サーメイ夫妻が出席(1991年6月10日をエリザベス市において「北見市の日」と宣言する文書を持参)。 |
| 1994. 6 | 姉妹都市提携25周年を記念して公式訪問団3人を含む「エリザベス友好の翼」24人、および第7回北見市青年ジェット研修団17人がエリザベス市訪問。 |
| 1994. 9 | 姉妹都市提携25周年記念「姉妹都市展」を開催。 |
| 1996. 5 | 第8回北見市青年ジェット研修生16人がエリザベス市訪問。 |
| 1996. 7 | 北見市開基100年記念式典にエリザベス市長代理ジョン・サーメイ姉妹都市委員長夫妻が出席。 |
| 1996. 8 | 北見市議会「グループあゆみ」6人がエリザベス市訪問。 |
| 1998. 6 |
第9回北見市青年ジェット研修生16人がエリザベス市訪問。 |
| 1998. 11 | 小泉小学校1年生60人がクリスマスカードをエリザベス市へ送付。 |
| 2000. 5 | 第10回北見市青年ジェット研修生13人がエリザベス市訪問 |
| 2009. 7 | 姉妹都市提携40周年記念「グリーンコンサート」開催。 |
| 2009. 10 | 姉妹都市提携40周年記念「エリザベス市フェア」開催。 |
| 2012.10 | 北見市訪問団(市民訪問団6人、市職員1人)がエリザベス市訪問。 |
| 2014.7 | 姉妹都市提携45周年でエリザベス市より訪問団2人が来北。記念祝賀会等開催。 |
| 2014.10 | 北見市訪問団(公式訪問団3人、市民訪問団4人)がエリザベス市訪問。 |
| 2019.7 | 北見市・エリザベス市姉妹都市提携50周年記念でエリザベス市長をはじめとする訪問団15人が来北。ピアソン記念館での歓迎演奏会、記念式典・祝賀会等を開催。 |
| 2019.10 | 北見市・エリザベス市姉妹都市提携50周年記念で市長をはじめとする公式訪問団14人と市民交流訪問団10人による北見市訪問団がエリザベス市を訪問。 |
ジョージ・P・ピアソンは、エリザベス市の長老派教会牧師の家庭に生まれ、1888年に日本派遣宣教師として来日した。1894年に北海道に渡り、北海道の開墾・開拓に苦労している人々に熱心に語りかけている。1895年にアイダ・ゲップと結婚し、道内各地を宣教活動で回り、遊郭設置反対運動、監獄伝道、アイヌ民族への人権活動、婦人の人権活動等を進める傍ら、道東地域の伝道を精力的に行った。1914年、ピアソン夫妻は、北見を北海道最後の拠点として、楡や柏が生い茂る小高い丘の上にスイスの山小屋風の「ピアソン邸」を建てた。
ピアソン夫妻の熱心な伝道に次第に北見の人々も心を開くようになり、北見での15年間の布教活動は、当時の開拓者たちの精神的かつ道徳的な力となった。1928年、ピアソン夫妻は、15年間住み慣れた北見、そして40年間の日本での伝道活動を終え、アメリカに帰国した。15年間暮らした私邸は、1971年「ピアソン記念館」として開館した。
≪詳細≫
市民活動課/0157-25-1105
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