常呂の遺跡:トコロチャシ跡遺跡

トコロチャシ跡とトコロチャシ跡遺跡

上空から見たトコロチャシ跡遺跡
【上空から見たトコロチャシ跡遺跡】トコロチャシ跡遺跡は常呂川の東岸(写真奥側)に連なる台地の一角にあります。

トコロチャシ跡遺跡は史跡常呂遺跡を構成する「トコロチャシ跡遺跡群」のうち北側の地区に相当し、常呂川東岸の台地の標高15~20mの一帯に広がっています。隣接するトコロチャシ南尾根遺跡と合わせて平成14年9月、史跡常呂遺跡として追加指定を受けました。
遺跡の北端部の一角がアイヌ文化期のチャシ跡となっていますが、それ以外にも縄文時代早期以降の各時期の遺構や遺物が出土しており、北海道東部の文化の変遷を明らかにする上で重要な遺跡です。チャシ跡とそれ以外の遺跡が重複して残されている場所ということになりますが、このような場合、北海道ではチャシ跡とそれ以外の遺跡に別個の名前を付けて登録する決まりがあります。このため、遺跡の名前としてはアイヌ文化期のチャシ跡に「トコロチャシ跡」、その内外に広がるチャシ跡以外の遺跡について「トコロチャシ跡遺跡」という名前が与えられています。
トコロチャシ跡遺跡では縄文時代前・中期、続縄文時代の資料も比較的多く出土していますが、特に注目されるのがオホーツク文化に関する資料であり、竪穴住居跡が10基以上あるほか、墓地なども見つかっています。台地の直下に位置する常呂川河口遺跡と合わせて、オホーツク文化を代表する遺跡の1つとなっています。

遺跡名 トコロチャシ跡遺跡(TK-19遺跡) [国指定史跡(常呂遺跡)]、トコロチャシ跡 [国指定史跡(常呂遺跡)]
所在地 北見市常呂町字常呂
立地 常呂川河川敷に面した標高10~23mの段丘上
時代 縄文(早・前・中・後・晩期)・続縄文・擦文・オホーツク・アイヌ
遺構 チャシ跡、竪穴住居跡、土坑
遺物 土器・石器・骨角器・木製品・鉄器・青銅器
現況 草地(公開のため整備計画中)
文献 (1)東京大学文学部考古学研究室 1972『常呂』
(2)東京大学大学院人文社会系研究科・文学部考古学研究室・常呂研究室 2001『トコロチャシ跡遺跡』
(3)宇田川洋・熊木俊朗 2003 『居住形態と集落構造から見たオホーツク文化の考古学的研究:平成11年度~平成14年度科学研究費補助金 基盤研究(B-2)研究成果報告書』
(4)東京大学大学院人文社会系研究科考古学研究室・常呂実習施設 2002『トコロチャシ跡遺跡群の調査:トコロチャシ跡遺跡・同オホーツク地点及び「常呂遺跡」の史跡整備に関する概要報告』
(5)東京大学大学院人文社会系研究科考古学研究室・常呂実習施設 2012『トコロチャシ跡遺跡オホーツク地点』
(6)東京大学大学院人文社会系研究科・北見市教育委員会 2015『トコロチャシ跡遺跡群(史跡常呂遺跡)整備に伴う発掘調査報告書』
(7)東京大学大学院人文社会系研究科附属常呂実習施設 2020『トコロチャシ跡遺跡オホーツク地点(2):出土遺物の追加報告』東京大学常呂実習施設研究報告第15集

トコロチャシ跡とトコロチャシ跡遺跡の整備

トコロチャシ跡・トコロチャシ跡遺跡は重要な遺跡ではありながら、これまで見学用の通路等が整備されていませんでした。令和3年度からこの区域の整備工事が開始されます。令和4年度までには見学者用の駐車場と通路を設置し、遺跡の中を歩いて回れるように整備を行う予定です。主な整備内容としては次のようなことを計画しています。

  • チャシの壕をめぐる柵を復元し、かつてのトコロチャシの姿を再現します。
  • オホーツク文化期の竪穴住居跡の盛土保全を行い、見学用の案内・説明板を設置します。
  • 遺跡内を歩いて回れるよう園路を整備します。
  • 遺跡への入口通路(階段)を整備します。
  • 遺跡への入口付近に駐車場と簡易トイレを整備します。

トコロチャシ跡

西側から見たトコロチャシ跡
【西側から見たトコロチャシ跡】写真中央、L字形の壕で四角く区切られた場所がチャシ跡。

トコロチャシは常呂のアイヌが斜里のアイヌと戦った際に利用したとの伝承も伝わるチャシで、常呂川とオホーツク海に面した台地の端部に「L」字形の壕を刻み、四角い区画がつくられています。壕内部の区画の広さは45m×30mの規模に及びます。
トコロチャシは河口部で曲がりくねった常呂川と、その向こうのオホーツク海が見渡せる位置にあります。かつて常呂川河口周辺にはアイヌの村があり、常呂川を船で越える渡し場もあったと言います。この場所にチャシが造られたのはそうした立地上の理由があったのかもしれません。

発掘調査中のトコロチャシ跡
【発掘調査中のトコロチャシ跡】

壕があることからチャシの存在は古くから知られていましたが、東京大学文学部考古学研究室の発掘調査によってその全容が明らかにされました。
壕は1度に掘られたものではなく、新旧2本の壕がほぼ重なって存在することが分かり、また壕に沿って柵が築かれていたことが分かりました(写真は柵のあった位置に杭を立てて再現しています)。また、チャシの内部ではアイヌ人の墓が1基見つかっています。

オホーツク文化の集落跡

発掘されたオホーツク文化の竪穴住居跡
【発掘されたオホーツク文化の竪穴住居跡】

トコロチャシ跡遺跡では竪穴住居跡が10基以上存在することが確認されており、これまでにオホーツク文化期の住居跡が6基発掘されています。調査の結果、住居跡からは木材や動物骨を含む多数の資料が見つかりました。
写真は9号竪穴住居跡で、六角形の掘り込みは12.4m×9.2mの規模のものです。内部にめぐっている溝は壁材の板が並べられていた跡で、掘り込みの最外部を囲うもの1列、その内側に2列の溝があることから、この住居は内側に縮小するかたちで、3回の建て替えが行われたことが分かっています。周辺ではこうした建て替えの痕跡のある住居跡が複数見つかっています。中央の石で囲われた四角い部分は炉のあった場所です。

縄文時代早期の石刃鏃石器群

石刃鏃石器群の出土状況
【石刃鏃石器群の出土状況】

石刃鏃(せきじんぞく)石器群は縄文時代早期頃に東北アジア一帯に広く分布した石器群で、日本列島では基本的に北海道にのみ分布することが知られています。石を薄く、細長く剥がして作った石器を「石刃」といいますが、「石刃鏃」とはこの石刃をさらに加工して作った鏃(やじり)のことです。
トコロチャシ跡遺跡では、チャシ跡やオホーツク文化の集落の範囲から外れた南側の地点の発掘で石刃鏃石器群の遺物が発見されました。石を打ち割って石器を作ったときに出る石の屑が少なく、形の整った石刃や石刃鏃がまとまって出土しており、特にきれいな石器を選んでまとめて保管した特殊な遺跡である可能性も考えられます。

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